所長のポチポチ
(朝、事務所。椎名が電子申告の確認中)
椎名「……よし、あとは所長の電子申告パスワード入力だけ。」
森「今日も来るな……“人差し指パフォーマンスショー”。」
栄田「最近、少し速くなった気がしますよ。0.2秒くらい。」
森「それでも1文字1秒はかかるじゃん。なに、あれ?“昭和スタイル”?」
(所長、ズカズカと登場)
所長「おい椎名!そこの控除、ちょっと変じゃないか?俺だったらもっと見やすく作るけどな。」
椎名「扶養の人数が先月から変わった分です、資料ここにあります。」
所長「ふーん……まあ、昔の俺なら見た瞬間に気づいたけどな。今の若いのはすぐ書類見ないとわからんのか。」
森(小声で)「あんた、昔の“俺”ばっか出してくるけど、今の“俺”は見てないよね……」
椎名 「所長、パスワード入力お願いできますか?」
所長「おう。こういうのはな、俺の出番だ。責任ある立場ってのは、こういう時に黙ってやるもんなんだよ。」
(所長、ドヤ顔で椅子に座り、キーボードに向かう)
森「黙ってやって、もう少し静かに入力してもらえるとありがたいんですけど……(小声)」
(所長、人差し指で「P…A…S…」と打ち込む)
所長「こういうのはな、経験がモノを言うんだ。感覚で打ってるからな!」
森「感覚っていうか……記憶でしょ、それ。しかも“自分しか知らない”やつ。」
(所長、入力を終えてドヤ顔で振り向く)
所長「ほらな?お前らも、もっと俺に頼っていいんだぞ?」
森「……頼るっていうか、それ、所長しか知らないパスワードなんですけど?
お願いするしか選択肢、最初からないんですよ。」
(栄田、吹き出しそうになりつつ耐える)
椎名「……はい、いつもありがとうございます(棒読み)」
所長「ふん。まあ、俺もあと10年はこの事務所守ってやるからな!」
森「……(小声)10年“このテンポ”でパスワード打ち続けたら、ちょっと感動するかもしれん。」
所長の存在はパスワードと共にある。
仕事はしないけど、威張ることだけは忘れない。
それでも、誰もパスワードを知らない以上――
今日も人差し指に、すべてが託されている。