神殿の変化(ユリアナ視点)
変化はすぐに訪れた。
「はあ? 何もできてないって、どういうことよ!」
下級聖女の告げた報告に、私は思わず声をあげた。
「ですから、人手が足りてないんですよ、ユリアナ様」
はあ、と下級聖女はわざとらしくため息をつく。彼女だけじゃない、その場にいた庶民出身の下級聖女たちがいっせいに顔をしかめて俯く。
人手がないとはどういうことだ。
こんなに雁首揃えて並んでおいて。
「朝食の調理を始めるためには、台所の掃除とかまどの仕度、それに野菜の下ごしらえが必要なんですけど、担当のシーラが出ていったから」
「なんの段取りも残されてなかったから、いちから全部確認しなくちゃいけなくて」
「本当迷惑よね」
「私たちだって、髪を巻いたり化粧する時間もなく働いてるんです。聖女ならユリアナ様も手伝ってくださったらどうです」
「どうして私が!」
私の仕事は、神殿を訪れる貴人のもてなしと、祝福の授与だ。
下級聖女のやるような家事で手を荒らしたら、信徒に失礼ではないか。
「そもそも、昨日からなんなのよ。大礼拝後の晩さん会だって、段取りはむちゃくちゃだし、料理もろくに出てこないし」
ひとつ不手際が明らかになるたびに、どんどんと不機嫌になっていく貴人たちのもてなしに、私がどれほど苦労したか。奥で下働きしかしていない下級聖女たちに私の味わった屈辱など想像もできないに違いない。
「だって……ねえ」
下級聖女たちは顔を見合わせる。
「晩さん会の手順だって、知ってるのはシーラだけだったし。私たちに言われたって、わからないわよ」
「それなのに神官様や上級聖女様がたはなんとかしろって言うばっかりで」
「怒鳴られたって、できないものはできないもの」
「……っの」
言い訳して怠けているだけのくせに、態度だけは大きいから余計に腹立たしい。
聖なる癒しの力を認められ、神殿入りした聖女は一般人よりひとつ上の扱いを受けられる。場合によっては貴族に嫁入りすることだって可能だ。しかし、それは神殿外でのこと。
ひとたび神殿の組織に組み込まれてしまえば、同じ聖女同士やはり家格で区別される。庶民の下級聖女が、子爵家出身の私に口答えするなどありえない。
「何を騒いでいる」
神官長筆頭補佐のロクスがやってきた。下級聖女たちはびくっと体を震わせた。
私に口答えする彼女たちも、実質この神殿のトップである彼には逆らえない。
「朝ごはんの仕度もできないそうですよ」
私が状況を告げるとロクスは、はあっと大きくため息をついた。
「やはりこうなったか」
「やはり……?」
「もう信者が神殿を訪れる時間だ。聖女ユリアナと、聖女アレクシア、聖女マリアンは応接の仕度を」
「食事はどうされるおつもりですか」
「……料理人にやらせろ」
「はあ」
言われてみればそうだ。
この神殿には、聖女や神官だけでなく、神殿に信仰を寄せる多くの貴人が訪れる。もてなしのために料理人を何人か雇っていたはずだ。私たちの食事の支度も、本来彼らの仕事のはずだ。
名前を呼ばれなかった下級聖女のひとりが身を翻した。
「では私が言って……」
料理人を呼ぼうとした彼女の行動は無駄になった。白い料理人の衣装を着た男が、こちらに歩いてきたからだ。
下級聖女たちが一斉に口を開く。
「ちょっと、ごはんの用意ができてないんだけど!」
「料理はあんたたちの仕事でしょ!」
「わかってるの!?」
「ロクス様」
彼女たちの声をいっさい無視して、料理人がロクスの前に立った。
「こちらをお受け取りください」
渡してきたのは、封筒のようだった。ロクスは嫌そうに顔を歪める。
「シーラの嬢ちゃんが頑張ってるから、と残ったが、出て行ったのならもう意味がない。私は今日限りここをやめさせてもらいます」
「はあ!?」
聖女たちから、ふたたび声があがった。
「あと、庭師のヴィクトールと下男のダミアンもやめると言ってました。私に退職金は必要ありませんが、彼らには取り決め通り支払ってやってください」
「……」
ロクスの返答をまたずに、料理人はくるりと踵を返した。そのまますたすたと神殿から出て行ってしまう。
「え……それじゃ、私たちのごはんはどうなるの……?」
誰も、答えなかった。
少し連載の手が止まります。多分次回更新は4月以降です。
よろしくお願いします。