プロポーズの理由
やっとこの富豪ぶりに合点がいった。
アシュトンはこの国で百年以上前から続く大商会である。その経済圏は広く、国内各地はもちろん、周辺諸国にまで支店があるとのうわさだ。
商人ということで貴族籍はないものの、王侯貴族からの信頼もあつく、下手な下級貴族よりよっぽど格の高い家柄である。
お金持ちだとは思ってたけど、まさかそこまでの大物とは。
「俺は現商会長の次男だ。今は跡取り候補として王都一帯の商売を任されている」
「……す、すごいですね」
もうそれしか言葉が出てこない。
「でも、どうしてそんな富豪のカイルが私にプロポーズなんてしたんですか?」
「一目惚れした、と言わなかったか?」
「そんなの、嘘ですよね」
私はカイルの言葉を真向から否定した。
「年に一度の大礼拝で燭台倒して壊した間抜けな聖女に、一目惚れする人なんているわけないでしょう」
彼はわざわざ神官長の前で愛を誓い、その上大金を寄付して新しい燭台を贈るとまで約束している。
縁もゆかりもない孤児の下級聖女への施しにしては、大きすぎる。
裏があるのが当たり前だ。
案の定、カイルは小さくため息をついた。
「君にプロポーズした理由は他にもある」
ほら、やっぱり。
「もともと俺は伴侶を必要としていたんだ」
「そうなんですか?」
私は目を丸くした。
カイルはまだ若い。二十代といってもまだ前半だろう。まだまだ結婚をあせるような歳じゃない。
彼は首を振った。
「家督継承の問題だ。長男のマクスウェル兄を差し置いて、次男の俺が家督を継ぐにあたり、父からいくつかの条件をだされていたんだ。王都での商売を成功させること、新たな販路を開拓すること、そして妻を娶って子を作ること」
「結婚して子供って、ちょっと横暴じゃありませんか」
商売の才能はともかく、結婚とか子作りまで継承の条件にされるの?
一般庶民にはぴんとこない。
カイルは眉をひそめた。
「ところが、父の言うことはそう間違ってない。能力の高い者を跡取りに指名したとしても、その先に受け継がせるべき次世代がいないのでは、血が繋がらない。家督を継承する意味が失われるんだ」
どうやらそういうものらしい。
ここは一旦理屈を飲み込むしかなさそうだ。
「そこで商売の傍ら、結婚相手を探していたんだが、条件にあう女性がなかなか見つからなくてな」
「あなたなら、結婚したいって女性がいくらでもいそうなのに」
なにしろ、美形の富豪だ。跡取り候補として王都の商売を任されているのなら、商人としての能力が高いはずだ。
玉の輿に乗りたい女性はいくらでもいるだろう。
しかしカイルは、心底嫌そうな顔で重いため息をついた。
「なまじ金を持ってることが知られているせいだろうな。俺に寄ってくるのは、アシュトンの商売に介入したい家の女性ばかりでね」
「あー」
それはご愁傷様と言うべきか。
この富豪に関わりたい人間は多いだろうから。
「その点、神殿の下級聖女だった君は後ろ盾とは無縁だ」
「それはそれでいいんですか? 私は完全な天涯孤独です。結婚したって何の得もないですよ」
「だからだよ。嫁の実家に邪魔をされるくらいなら、かえって何もないほうがいい」
そして、カイルはにやりと笑った。
「しかも身請けに必要な金は金貨十枚。お買い得だ」
「金貨十枚はお買い得って言わないと思いますよ?」
神官長様に渡してた袋、そんなに入ってたのか。
とんでもない金額に、思わず椅子から腰が浮いてしまう。
「貴族令嬢を娶る時、結納金をいくら要求されると思う。百倍以上支払っても、まだ安いと言われるぞ」
「えっ……金貨千枚とか……桁がおかしくないですか……」
庶民にはめまいがしそうな金額である。
富豪の金銭感覚、わからない。
「ともかく、俺は金貨を支払い君の窮地を救った。今日からは、俺の妻として役立ってもらうぞ」
「う……はい」
理由はどうあれカイルに助けられたのは本当のことだ。
お前のために金を使ったのだ、と言われてしまえば逆らえない。
「では、妻として私はどうしたらいいんでしょう」
大商人の妻の仕事って何なんだろう。
生活レベルが高すぎて、何をどうしたらいいのか、見当もつかない。
カイルは、澄んだ青い瞳で私をじいっと見つめた。
「まずは、寝ろ」
「はい?」
「目の下にクマができてて顔色が悪い。肌もガサガサじゃないか。栄養のある食事をとって、休養しろ。話はそれからだ」
「はい……?」
それは、妻の仕事なんですか?