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25話 力


 軟式野球部の奴らは、昨日の今日でノコノコ現れた俺に最初驚いていた。


 そんな中で突っかかってきた顔は、俺がボールを当てた人間だった。


「おい、お前……よく来れたな?」


 分かりやすく怒っている。まぁ、それはそうだろう。突然ボールを当てられたら誰だって怒る。俺だってきっと怒るだろう。


「土下座でもしにきたのかよ? あぁ?」

「いや、昨日は不完全燃焼だったからな」


 そう告げた瞬間、彼の瞳孔が開き口の端が吊り上がった。


「ハハ……お前……やっぱわざとかよ」


 睨みつけられ胸ぐらを掴まれる。それは激昂というより、静かな怒り。


「悪い、用事ができたわ……練習遅れっから」


 睨みつけたまま他の部員へ言い渡した言葉に、彼らは無言のまま反対しない。


「……テメェ、ちょっとこいよ」


 そう言って彼は、グラウンドから離れて行き、俺はそれに従った。


 やはりというか、どうやら怒っている理由はプライドを傷つけられたかららしい。


 じゃなければ、一対一でやり合おうとはしない。


 それに、ここには喧嘩におあつらえ向きのバットがたくさんあるというのに、彼はそれすら持とうとしなかった。


一人で(・・・)来たことだけは褒めてやるよ」


 そうして、人が来なさそうな校舎裏まで来た彼はそう言って振り向いた。


 もちろん一人ではない。今現在どこで見てるか知らないが、ここまで俺は白崎とともに来た。


「いいのか? お前ピッチャーなんだろ?」

「今になって怖気づいたのか? あぁん?」


 一応気遣ってみたのだが、言葉が通じる感じではなさそう。


 とはいえ、最初からその考えがあるならこんなことにはならないだろうし、他の部員も気にしていないんだろうなと自己完結。


「別に何人相手でも良かったのにな。俺は、お前たちが今後一切関わりたくないと思うほど徹底的にやるつもりだったから」

「はぁ? 何言ってんだ?」

「俺は人間の感情のなかで、恨みってのが一番怖い。それは長い期間続くものだし、イカれた行動を起こさせる起爆剤だからな」

「……へぇ、よく分かってんじゃねぇか。俺はお前らが演劇をするなら、そこに行って滅茶苦茶にしてやろうと思ってたよ」

「やっぱり、そういうこと考えるよな。そんなことをしたら、学校の問題になることも分からずに」

「はっ! 知るかよそんなこと」

「でも、まぁ……お前はその覚悟があるってことだよな。なら良かった。俺もその覚悟があるから」

「……あぁ?」


 笑顔を見せたのが気に入らなかったのか、彼の顔はさらに紅潮する。


「陰キャ風情が舐めんな!」


 そして、愚かにも正面から殴りかかってきたのである。


 喧嘩なんてしたことないんだろうとすぐに分かった。いや、一対一でやりあう時点でそんなのは分かりきっていた。


 数は力だと知っていたなら、普通はわざわざ自分からそんな状況になど持ち込まない。


 持ち込むとしたら、騎士道精神を持った聖人か自信がある人間くらいだろう。


 そして、彼はきっとどちらでもない。


 ただ俺を殴りたいだけ。だから、殴ろうとしかしてこない。


 それを避けられて――みぞおちにカウンターを入れられるなんて想像もしてなかったことだろう。


「おぅっ……」


 体内の臓器が無理やり停止させられ、呼吸すら出来ない苦痛は尋常じゃない。はやく体を動かさなければならないと頭で分かっていても、それを行動に移すのはとても困難だ。


 うずくまる背中を足裏で蹴ったら簡単に倒れる。


 たしか右投げだったよな……と、左側の腕を掴んで強引に持ち上げた。


「な、なにを……」


 絞り出すような声とともに、苦痛に歪む顔が俺を見上げる。


 何も言わずに左腕をピンと伸ばしたら、流石に察したのか表情は恐怖でさらに歪んだ。


「腕一本もらうぞ」

「や、やめ……」

「利き腕じゃないだけ感謝しろ」


 伸ばした腕の逆肘に狙いを定め、足を持ち上げる。


「おねが……やめて……」


 震える声に耳を傾ける必要はなかった。あとは足を振り下ろし――。


「やめて!!」


 周囲に白崎の声が響いた。


 タッタッと迫りくる足音。そして、俺が掴んでいる彼の腕は強引に引き離された。


「そこまでやる必要ないんじゃない?」


 息を切らす彼女は「演劇を滅茶苦茶にする」と言ったうえに、一歩間違えば俺がボコされていた相手を庇い俺を睨みつけてきた。


 まぁ、こうなるんじゃないかとは予想していた。


 そして、おそらく俺の目的は果たされたに違いない。


 ならもう、これ以上手を加えることもないだろう。


「わかった」


 その返答には白崎のみならず、うつぶせに倒れる彼もまた、安堵の息。


 興味をなくしたように、踵を返して来た道を戻り始めていたら、しばらくして白崎が追ってきた。


 そのまま何も言わず追従していた白崎は、やがて、


「深井沢くんは……何か習っていたの?」


 そんなことを訊いてきた。


「習ってたって、何を?」

「武道とか、ボクシング……とか?」

「いや、ただ相手を屈服させる力が必要だっただけだ」

「……なんで?」


 聞こえが悪い言い方をした俺が悪いのだが、白崎の表情にはどこか不信感が見えた。


「大事なものを踏みにじられたからだ。だから、相手もまたそうあるべきだと思った」


「……大事なものって?」


「妹だ。むかし俺が原因で、真冬の川に突き落とされたことがあったんだよ」


 すぐ隣を歩いていた足音がピタリと止んだ。


 見れば、何か言おうとして口を開くも、結局何も言えず立ち尽くす白崎がいた。


「……ごめんなさい」


 そして、逡巡の末に選ばれたのは謝罪。


「お前が謝る必要なくないか?」

「その……もっと浅い理由なのかと思ってたから」

「まぁ、白崎をここに連れてきた理由はわりと浅いがな」

「なに? その理由って」

「たとえ最悪な状況になったとしても、俺がそれを覆すと信じさせたかったんだ」

「だから……わざわざ喧嘩を売りにきたの?」

「俺は正しさだけを口にするつもりはないんだ。それに、誰かが飲まなきゃならない泥を誰か一人だけに飲ませるつもりもない。お前があの父親と戦うのなら、俺も全力で乱入してやる」


 白崎はただ立ち尽くしていた。


「これは私の問題なのに?」

「その解決方法が死ぬだなんてのは間違ってる」

「私が我慢すればいいだけかもしれない」


 静かに食い下がる白崎に、俺は微かに笑みを浮かべてやる。


「諦めろ。俺はもう見たんだ。そして、俺は見たものを無視できない」

「……難儀な性格だね」

「同感だが、俺はもう諦めた」

「……そう」


 それから白崎は目を瞑って空気を吸うと、ゆっくり吐きだした。


 身体が勝手に行う生命活動を、自らの意志で行った彼女はやがて目を開ける。


「……わかったわ。私、あの人を誘惑してみる」


 そして、戦う意志を口にした。

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