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22話 継父


「白崎さん、家に連絡してなかったみたいだね」

「俺がしなくていいって言いましたから」


 そう答えると、先生はジト目で俺を睨んできた。


 ……が、やがて諦めたように息を吐くと、手元にあった缶ジュースを口元に寄せる。


 俺も先ほど先生が買ってくれた缶ジュースを一口飲んだものの、それは口の中が乾いたからじゃなく、これから喋る準備運動のようなもの。


「父親ってあんなもんですかね」

「家庭にはいろんな形があるように、父親だっていろんな人がいていいんじゃない」

「形はそれぞれでも親は親でしょう。あの人はなんていうか……白崎のことなんて知らないように見えましたけどね」

「父親になったこともないガキが知った風なことを言うねぇ」

「違いましたかね」

「……まぁ、おおむね同意ではあるかな?」


 結局、白崎は父親に従いそのまま帰宅してしまった。


 彼女は最後まで何も言わず何も主張せず、ただ、借りてきた猫のように黙りこくっていた。


 たぶん、あれが家での白崎なのだろう。


 そして、それが顕著に出ていたのはきっと、父親が原因だから。


「白崎さんのお父さんは一年くらい前に母親が再婚した相手らしいよ。だから血の繋がりはない。謂わば継父けいふってやつだね」

「継父……」


 そう聞けば、彼が白崎のことを全く知らないのも頷ける。

 そして、彼が白崎に語った「家族」という言葉が、今さらながら白々しく思えてもくる。


「白崎の本当の父親は……」

「事故で亡くなられてる。彼女が小学生の時にね」


 淡々と吐かれた言葉。その口調は、それがこの世界において珍しくもない事であるのだと如実に示していたが、未だ誰も経験を語れぬ死という事実が混じっていることに畏怖の念を抱かざるを得ない。


 それが、彼女と彼女の周囲を取り巻く人たちにとってどれほどショックであったかを計り知ることが出来ないのは、単に俺がそういった経験をしていないからだろう。


「年ごろの娘がいるのに再婚する母親の気持ちって先生わかりますか?」

「わかるわけないでしょ。それとも、私にも知った風な口を利けってことかな?」

「そうです」

「あのねぇ……」


 そう呟いてこめかみを押さえた先生だったが、無言で待つ俺をジッと見つめた後、やがて二度目のため息。


「これは一般的な見方だけど、親っていうのは子どもを育てなきゃいけないプレッシャーを背負ってるものなんだよ。それが一人しかいないなら尚更。体を壊してもメンタルをやられてもいけない。そんなことになれば、子どもの面倒を見る人がいなくなってしまうからね。つまり、背水の陣で長い育児をやり遂げなきゃならないんだ」


「だから再婚するってことですか?」


「一概には言えないかな。でも、二人いればすこしは安心できるとは思うよ。再婚するのは何もおかしな話じゃない」


「その相手が娘にとって毒でもですか?」


 そう言った瞬間、先生の顔つきが険しくなった。


「……随分と強い言葉を使うね。言ったでしょ? 家庭の形はいろいろだって。白崎さんの父親にだって私たちの知らない苦悩があるのかもしれない。でも、君はそれを無視して外から好き勝手言ってるんだよ。それに……その言葉は、白崎さんのお母さんをも馬鹿にしていると捉えかねない危険なもの。発言には気をつけたほうがいいね」


 先生は普段見せない凄みを利かせた。それは、未だ十七年しか生きていない本能を怖気づかせている。


 どう生きてきたらそんな風格を身につけられるのか想像もつかない。


 取り敢えず、心を落ち着かせるためにジュースを口に含んで喉を潤した。


「……深井沢くんが白崎さんのお父さんを敵視するのはたぶん、白崎さんの味方になりたいからだよ」


 コトリと缶を置くと共に投げかけられた言葉にはもう、威圧的な感じはなかった。


「そして、君が本当に白崎さんの味方になりたいのなら君自身の偏見じゃなく、白崎さんの偏見を重んじるべきだよ。白崎さんはお父さんのことを毒だと言ったのかな?」


 先生が「偏見」という単語を使ったのは敢えてだろう。そこには、完全に俺を否定するつもりがない意図が含まれているように思う。


 言ってみれば、直接攻撃じゃなく間接攻撃をしているようなもの。


 まぁ、攻撃には変わりないのだけれども。


「……いいえ」


「なら、君がそれを言うべきじゃないね。もちろん私だってそれを言うべきじゃない。それを言っていいのは、誰もが毒だと認められる証拠がある場合のみだよ」


「証拠ですか」


「そう。証拠。分かりやすいところで言うと暴力が行われた形跡とかね。まぁ、白崎さんの身体には、それらしい形跡はなかったんだけど」


 先生が最後に付け加えた真実に、思わず飲んだ直後のジュースを吹きそうになった。


「……見たんですか?」

「んー? うちのお風呂に入るときそれとなくねー」

「それは……そういう目的でですよね?」

「当たり前でしょ? そういう目的以外で裸をチェックすることなんてあるの?」

「まぁ、あってもおかしくないんじゃないですかね……」


 平静を装って再び喉を潤す。先生は残念そうな視線を俺に向けていた。


 ……不可抗力である。


「まぁ、そういうのがあるまでは様子見でいいんじゃないかな。演劇部には居てくれるよう話もしておいたし」

「様子見ですか」

「そう。間違っても過度な干渉はしないこと」

「……わかりました」


 そう答えると、先生は安堵したような息を吐いた。


「君は言ったよね。バットエンドは回避されてるって。なら、ゆっくりでいいと思うよ」


 そして、俺に向かって微笑んでみせたのだ。


「そうですね」


 ゆっくりでいい――証拠が見つかるまで待てばいい――。それは堅実で確実なやり方かもしれないが、俺には「事態が悪化するのを待て」という風にしか聞こえなかった。


「それじゃあ、今日はもう終わり。気をつけて帰るんだよ」

「はい」


 俺は白崎が死のうとした事を知っている。それ以上の悪化など待てるはずがない。


 ただ、先生が言うことも分かるし、きっとそれが正しいのだろう。


「くれぐれも寄り道なんかしないようにね」

「わかってますよ」


 たしかに俺はバットエンドは回避されていると言った。しかし、それは白崎の傍に俺がいて初めて満たされる条件のつもりだった。


 だから、そこには最後まで俺がいるべきだ。


 もちろん、そんなのはやはり独善でしかないとわかっている。自分が誰かを救えるだなんて勘違いもはなはだしい。


 それでも、俺は最後まで関わらなければ気が済まない。


 なら、どうすべきか?


 藪をつついて蛇を出したなら、お次は蛇の道は蛇。


 つまり――俺自身が蛇になることだ。

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