21話 藪からでた蛇
「あースッキリした」
そう言って、如月が気持ちよさげに伸びをした。
「折ヶ嶺もやるじゃん。ちょっと見直した」
そして、折ヶ嶺に労いの言葉をかける。
「スッキリするのは良いけどさ、まだ終わってないから。今度はこのことをあそこの監督に報告しなきゃいけないし。……だろ? 深井沢」
それに俺は頷く。
「やるなら徹底的にやったほうがいい。じゃないと中途半端は遺恨が残るからな」
歴史の教科書を開けば、恨みつらみが残らないよう相手の組織や一族全員を葬るなんてのは普通にあったことだ。それが正しいとは思わないが、ひどく合理的だとは思う。
裏を返せば、復讐に燃えた人間は何だってできるということでもある。自分に与えられたダメージを相手にも味あわせてやりたいと思うのは普通の思考なのだろう。たとえそれが、自業自得であったとしても。
「深井沢ってさ、ちょっと無鉄砲だよね。さっきのだって喧嘩になってたらやばかったと思うし」
「たしかに、白崎が手を出してなかったら乱闘になってたな」
そう返した目の端で、白崎がピクリと反応したのがみえた。
「……別に。ただ、身体が勝手に動いただけ」
そう言う白崎の姿はクールだったものの、その口元は微かに緩んでいる。
「ありがとな。おかげで助かった」
それに、白崎は咳払いだけを返した。
「桃乃木もありがとな。あの狂ったような行動も奴らの戦意を喪失させるのにおおきな要因だった」
「へ? あぁ。じ、実は私……バットを思い切り振り回すの一度やってみたかったんだよね。だから乗るしかないなと思って。このビッグウェーブに」
桃乃木は嬉しそうに笑って拳を握ったあと、えへへと照れたように後頭部を撫でた。
うん、やっぱコイツが一番ヤバいかもしれん。
「私には? 私だって加勢したでしょ?」
「ああ、如月もありがとな」
「それだけ?」
如月は若干不満そうにしていたものの、「まぁ、いいや」と自己完結。
「あのままだったら演劇部辞めてただろうし。やり返してくれたことには感謝してるからイーブンってことにしておこうかな?」
平然とそんな事を言い、彼女の見えないところで折ヶ嶺が胸を撫で下ろす。
そう。あそこでわざわざ喧嘩をふっかける必要なんてなかった。適当に理由をつけて帰っても良かったと思う。
しかし、それでは演劇部内にモヤモヤが残ったに違いない。主に如月において。
だから、あそこは戦う選択肢で良かったのだ。たとえ奴らに袋叩きにされていたとしても、あれが手っ取り早く不和を取り除く方法だったのだから。
そんな談笑をしながら学校に戻ってきた俺たちが演劇部の部室に向かうと――扉の前には柚原先生がいた。
「なんだ、まだ居たんだ。よかったよかった」
「なにか用ですか?」
訊きながら一歩前へ出た折ヶ嶺。
「白崎さん、お迎えがきてるよ」
しかし、先生はそんな彼でなく、白崎のほうへ視線を向けてそう言ったのだ。
◆
「明! 心配したんだぞ……無事でよかった」
白崎へと駆け寄り声を滲ませたのは、スーツの上からコートを羽織る壮年の男だった。
その内容からして、彼女の父親なのであろうことが察せられる。
「ん? 君はもしかして……明の彼氏とかかな?」
男は、白崎の後ろにいる俺に気づいてそんなことを訊いてきた。
「違います」
「そうなのか? ああ、それじゃあ、明と仲良くしてくれてる友達なんだね」
彼は人懐っこい笑みを浮かべながらそう納得すると、俺から視線を外し先生へと向き直った。
「先生ありがとうございました。恥ずかしながら思春期の女の子と接するのは親であっても難しいもので……同じ女性の先生が明を泊めてくれていたことを聞いて安心しましたよ」
「そうですか……」
先生は微笑んでいるものの、その表情は若干引きつっている。
気持ちはわからないでもない。男の言葉には、どこか違和感があったからだ。
「家出というのは親として初めて経験しましたが、眠れなくなるほど心配しました。ああ、ですが明を頭ごなしに怒ったりはしませんよ? こういう年頃の子が家出をするなんてのはよくあることですからね。だから警察には届け出ず、帰ってくるのを限界まで待っていました。そこら辺は問題にしたりしないので安心してください」
「はぁ、それは助かります……」
「最近はちょっとしたことで先生に噛みつく親が多いと聞きますからね。自分はそうならないよう意識しているつもりです。そのほうが明にとっても良いことでしょうから」
その違和感の正体が、男の一方的な考えであることに気づく。
「だって、わざわざ面倒を見てくれた人に噛みついたりしたら明が悲しむでしょう?」
白崎の父親は、白崎の気持ちを勝手に代弁して喋っているのだ。
「今回のことで親として学ぶべきことがたくさんありました。今後はこのようなことがないよう、明と向き合っていきます」
「そうですか」
「改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
気持ち悪い――そう感じてしまうのは、流石に失礼だろうか?
男の言葉には「先生の気持ちは理解していますよ」という意図がふんだんに盛り込まれていた。
だが、そこには白崎のことは一ミリたりとも含まれてはいない。
それはまるで、薄っぺらい言い訳のように聞こえた。
だから、男の言う〝学び〟や〝お礼〟すらも薄っぺらく聞こえてしまう。
「さぁ、帰ろう明」
そう言って、白崎の父親は彼女の肩に手を置く。
それまで黙っていた白崎は父親の笑顔を見あげ、それから俺のほうを見てきた。
「……」
何か言うわけではない。それでも、何か言いたいことがあるのだけわかった。
「すいません。白崎をもう少し先生のところに泊めさせてあげたらどうですかね」
その言いたいことを完全に理解したとは言わないが、そんな目を向けられて黙っていられる性分じゃない。
「……なんでだい?」
白崎の父親は、笑顔のままの顔を俺へと向けた。
「先生の所に泊まるのは安心なんですよね。なら、白崎が自分で帰るまでもう少し泊まらせてあげてもいいんじゃないですか」
そう言って先生のほうを見やれば、
「私は別に構いませんよ」
そう言って話を合わせてくれた。
「君はまだ高校生だから分からないんだろうけど、人の子を預かるっていうのは遊びじゃないんだよ」
しかし、白崎の父親は笑顔のままそう諭してきた。
「そこには責任が伴うんだ。わかるかな? これ以上、先生に迷惑をかけるわけにはいかないんだよ」
「先生、迷惑だったんですか?」
その問いに先生は目を細め、息を吐いてから首を横に振った。
「全然迷惑じゃありませんでしたよ。むしろ、家事とかも手伝ってもらいましたから」
そして、そんな先生の吐息よりも大きなため息がわざとらしく吐かれた。
「あのね、先生の立場だとそう言うしかないんだよ。せっかく私と先生が今回の件を穏便に済ませようとしているのに、君はそこに水を差しているのだと気づいたほうがいい」
笑顔はなおも貼り付いていたが、目の奥は既に笑っていない。
別に恐くはなかった。なぜなら、わざと水を差しているのだから。
だが、今の俺ではこれ以上どうにも出来ないことはたしか。
俺と先生でパスを回し続けても、結局は白崎自身が意見を言うしかない。
「白崎はどうしたいんだ」
「私は……」
急に話を振られて白崎は狼狽していた。
「それはお母さんも交えて家でゆっくり話そうか。家族なんだから――ね? 明」
そして、そんな白崎の顔を覗き込むように話しかける父親。
「……」
やがて、しばらくの沈黙のあと、白崎はコクリと頷いたのだ。




