表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

20話 都合よく使われる演劇部 その5


 人は誰しも、自分が所属する組織のために役に立ちたいと願っている。


 その組織の中で認められることによって、自身が存在することに価値を見出すからだ。


 そのやり方は地位や役割の数だけ存在し、それらは全て組織を守ることに帰結していく。


 そして、反旗を翻し下剋上を起こすこともまた、組織を守るために行われてきたことの一つ。


 そこに正当な理由が存在し、賛同する同士さえいれば、人は正義の名のもとに行動を起こした。


「これで学校に戻るだけだぞ部長。あんな奴ら、演劇部の客に相応しくない」


 あとは、それを行使するための力があればいいだけ。


「客なんて俺たちで集めればいいだけだ。もしそれで客が来なかったとしても、文句なんていわねぇよ」


 握ったボールを空中に弾き、落下してきたところを指で握りなおした。


「要らない客はお帰り頂こうぜ。まぁ、帰るのは俺たちの方なんだがな」


 俺たちに与えられた役割はボール拾い。その拾ったボールは、練習に使われてこそボール拾いとしての真価が発揮される。


 なれば、練習に返してやらねば意味がないだろう?


 体を逸らして片足を持ち上げ、前進させて地面に着地。真後ろに残されたボールは上半身のひねりとともに引き抜かれ、振るわれる腕の先へと伝達された力の集約を一身に受ける。


「あ、おい、お前なにして――」


 気づいた折ヶ嶺の制止を振り切り、踏み込まれた勢いのまま指先から弾き出されたボール。


 それは一直線にマウンドへと向かい、


「痛っっ!?」


 現在は打席に立つ白崎を相手にしていたピッチャーの背中へと直撃した。


「はぁあ!?」


 驚きと怒りが入り交じった悲鳴。和やかだった雰囲気は一瞬にして冷め、何が起きたか理解できないのか異様な静けさだけがグラウンドを支配する。


「悪い。もう帰るから拾ったボールを返そうとしたんだ」


 プツン――なんて音が聞こえたわけじゃないが、グラウンドにいる野球部員たちの怒りが頂点に達したのを感覚的に理解した。


「おぉぉい!」


 それは防具をつけたキャッチャーから発せられた怒声。立ち上がり重い体でこちらへと向かってきた彼は、突然転ぶように前へと倒れる。


「ごめんなさい。バットの振り方がわからなくて」


 その背後にいたのは、バットを振り下ろした白崎明の姿。


 いや、振り方が分からなくても、人に向かって振っちゃいけないことくらい分かるはずだが……。


 とはいえ、白崎のその行動はピリピリした空気に動揺を走らせた。


 まさか女子がそんなことをするなんて思いもしなかったに違いない。


 なにせ、喧嘩をふっかけた俺ですら驚いたのだから。


 そして、今度はベンチのほうから物を放り投げるような音が聞こえる。


「えぇー、じゃあうちらも帰ろっかなー」


 そこにはつまらなさそうな声をあげる如月がいて、彼女の足下では打席に立つ用のヘルメットがひっくり返ったまま微かに揺れていた。


 そんな如月の近くにいる桃乃木は、困惑していた様子だったものの、やがて何かを察したのか、握っていたバットを振り上げると、如月が放ったのであろうヘルメットに向かってバットを振り下ろしたのだ。ヘルメットが割れて壊れるまで、何度も何度も。


 ……もしかしたら、演劇部のなかで一番ヤバイのは桃乃木なのかもしれない。


 そんな女子たちの奇行に野球部の連中は唖然とし動けないまま。


 奴らは、きっと彼女たちと仲良くするために練習へと参加させたに違いない。


 それは、彼女たちが仲良くなりたいと思わせるような女子だったから。しかし、それが崩れてしまった今、奴らがこんな現状を維持する目的自体が失われてしまったのだろう。


 報復によるデッドボールからの乱闘。なんて流れも覚悟していたのだが、奴らの顔からは既に戦意が喪失されていた。


「……帰ろうぜ」


 だから、もう幕引きをするしかなくなる。


 そのままグラウンドの出口へと歩き始めて白崎の横を通るとき、彼女はバットを握っていた自身の手を穴があきそうなほど見つめていた。


「いくぞ」


 そう声をかけ、初めて俺に気づいたようにビクリと顔を上げる白崎。


 それに如月と桃乃木も合流し、そのあとを折ヶ嶺がついてくる。


「おい、折ヶ嶺!」


 そんな俺たちに向けられた大声。振り返れば、連中の一人がものすごい形相でこちらを見ていた。


「こんなことをしてタダで済むと思ってるのか?」


 その顔は微かにわらっていた。まるで、勝利でも確信しているみたく。


「土下座するなら今のうちだぞ! そこの連中もだ!」


 そしてその嗤いは俺たちにも向けられた。


「はぁ? 謝るくらいなら、こんなことやってないんだけど」


 それに如月が怪訝そうに声を漏らした。


 確かに如月の言う通りだ。正直謝るつもりなんてないし、向こうも許すつもりはないだろう。土下座を要求するのは、おそらく自分たちの自尊心を守り満たすためだけ。


 だが、自分たちのほうが有利だと思っているからなのか、弱みにつけ込めばそれが通るとでも思っているのだろう。


 それが自分たちの弱みでもあることは棚に上げて。


 奴らは、どうせ何もできやしない。


 なぜなら、練習を演劇部によってめちゃくちゃにされたと第三者に話すには、そこへ至る経緯までもを話さなければならないのだから。


 だが、それはそれとして、折ヶ嶺がここで土下座する可能性は大いにあった。


「何やってんの折ヶ嶺。早く行こ」


 そう言って、駆け寄ろうとした彼女の腕を俺は掴む。


 不機嫌そうな表情が向けられたものの、俺は何も言わずに首を振るうしかない。


 相手を破滅させる種は蒔いた。関係を断ち切れるよう、もう後戻りできない状況に追いやった。


 それでも、演劇部のためだと息巻いて奴らに屈服するようなら――正直俺は〝要らない〟と思う。


 そもそも、演劇部に必ずしも部長が必要なわけじゃない。組織が動くのに、リーダーという役職があるほうが円滑にいくだけだ。


 それを理解できているのなら、部長なしで活動することなんていくらでもできる。それは難しく大変なことかもしれないが、害を及ぼす人間をリーダーに据えておくよりはずっとマシだ。


 だから見守れる。切り捨てる用意があるのだから。


 折ヶ嶺が俺たちへと振り向いた。その表情は穏やかで、感傷に浸っているように見える。


「俺は俺なりに頑張ってみたけど、どうやら上手くいかなかったみたいだ。自分があんな奴らとしか仲良くなれなかったことに笑えてくる。俺は部長として相応しくないのかもな」


 そこには、どこか諦めのような感情がみえた。


 部長に相応しくない。たぶんそんなのは、部長をやってる奴なら誰もが思う事だろう。


 そして結局、誰もやろうとしないから自分がやるしかないのだと覚悟するのだ。


 リーダーはみんなから選ばれるべきだなんて俺は思わない。


 覚悟を持って行動して、結末に対し責任を持てる奴がリーダーになるべきだと思う。


 みんなはそれを見極めて選ぶ責任を持てばいい。


「何言ってんだ。演劇部のためにここまでやれる奴なんてお前くらいだろ。俺は客集めのために他校の奴らとわざわざ交流を持とうなんて思いもしないしやりもしない」


 だから、俺は選んだのだ。選んだから、ここまでのこのこと付いてきてボール拾いまでやった。


「そうか……ごめん。こんな部長でさ」


 折ヶ嶺はすこし驚いた表情をしてからそ言った。その言葉は、これから行うことへの謝罪かに思える。


「でも、これからは頑張るから」


 だが、そうではなく、謝罪はこれまでの行いに対するものなのだと気づかされた。


 次の瞬間、折ヶ嶺は野球部の連中へと顔を向ける。


 掲げられたのは中指。


「誰が土下座なんてするか! お前らこそ、今後も練習を手伝ってほしいなら頭下げてお願いにこい! 一回戦も突破できない弱小野球部が!」


 その啖呵たんかに、連中は分かりやすくムッとした様子だった。


 というか、弱小野球部だったのか。まぁ、そりゃそうだろうな。


「い、一回戦は突破してるわ!!」


 その返しには呆れざるを得ない。たぶん二回戦止まりなんだろうなと容易に想像がついてしまったから。


「行こう」


 もはや、折ヶ嶺は取り合わなかった。立ち止まる俺たちの脇を通り抜け、誰よりも先頭に立ってグラウンドの出口へと向かう。


 それに女子が続き、俺も歩き始めた。


 後ろからは、まるでグラブを地面にたたきつけるような乾いた音だけが聞こえた。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ