15話 この演劇部には敵が足りない
「それじゃあ、気を付けて帰るんだよ」
軽自動車の運転席の窓が開き、柚原先生がそう言ってきた。
その隣の助手席にはすでに白崎が座っていて、何も言わないが彼女も同じ雰囲気で俺を見ている。
「そういえば先生、演劇部ってまだ人数必要なんですか?」
「人数? まだ少人数の部類ではあるけど、活動ができない人数ではないかな。演目とかにもよるんだけどさ」
「なら、折ヶ嶺には他校との交流は控えてもらってもいいんじゃないですかね。あれは廃部になることが前提のものだったわけですし」
「まぁ、そうだね。もしも演劇をやるのなら、お客さんよりも舞台をつくる人手のほうが要るから、外より内に協力を仰ぐことのほうが現実的ではある。美術部とか手芸部とかね。一度折ヶ嶺くんと話しておくよ」
先生はそう言って納得してくれた。
「でも、深井沢くんちゃんと活動するつもりだったんだね」
「入ったらちゃんとやるって言ったじゃないですか」
「あんまり信用してなかったから」
「そうですか。まぁ、別にいいですけど」
「拗ねない拗ねない。それじゃね」
軽い話を終えると、窓が音を立てて閉まり始めた。
「白崎もまた明日な」
それが閉じるきる直前に白崎へそう言うと、彼女は小さく頷く。
――またね。
ガラスを隔てたせいで声は聞こえなかったものの、その唇は確かにそう動いた。
やがてエンジン音が大きくなり車は緩やかに発進すると、あっという間に視界から消える。
「今のままだと、ただ在籍してるだけだからな」
その声は、誰もいなくなった地面にポツリと落ちる。
俺がちゃんと活動をやろうとしているのは、ただ入部したからという理由じゃない。
活動する目的がなければ、白崎が必要とされることがなさそうだからだ。
勇者がパーティーを組むのは魔王を倒すため。そして、そもそも魔王がいなければ勇者など無用の長物。
だから、目的という敵をつくらなければならなかっただけの話。
この世界では、死なないことに理由なんて要らなかった。そんなものがなくても身体は勝手に空気を吸い、心臓は鼓動を続けるのだから。
だが、残念ながら生きることに理由は必要らしい。
だから、誰もがその理由探しに多くの時間を費やし悩む。そのたびに、薄っぺらい理由を組み合わせて自身を奮い立たせようとする。自分が生まれた意味がこの為だったのだと感じるためだけに、必然性を見いだしては運命という言葉を簡単に語る。
頑張りたい気持ちはあっても、頑張るための目的がないのが現状。なら、その目的は外的要因によって作り出すしかない。
自身で目標をみつけるよりも、目標がある環境に身を置くのが手っ取り早いのだ。この世界には、人を必要としてない環境などありはしないのだから。
そして――白崎明は誰もが必要だと考える人間のはず。
柚原先生が主役級だと言い、如月も彼女に一目を置いていた。何処にいても目を引き、だからこそ、俺はあの時いち早く彼女を見つけられたに違いない。
なら、生きなければもったいないじゃないか。
これはきっと独善なのだろうと理解している。
人に勝手に価値をつけて生き死にを決めつけようなんてのは、同じ人の身に於いてあまりにも傲慢だ。それは「価値ない人間は死んで良い」と言ってるも同義なのだから。
それでも、目の前にいる人間に生きて欲しいと願うのは、目の前にいる人間が生きるべき価値ある存在だからだろうと盲目的に断ずることにする。
そうでなければ、身体は行動を起こせなかったから。
ふと、この世界から白崎がいなくなってしまった時の事を考えてみた。彼女の計画した自殺が実行され、俺が間に合わなかったときの世界線。
電車のけたたましい警笛が頭の中で鳴り響き、それを知らぬ人々は当たり前みたく笑い合い日々を過ごす。
その顔の中には、同じように笑う俺がいるのだ。
不意に夜風が首筋を撫でて悪寒がはしった。じっとりとした汗が頬を伝い、地面が遠のくような感覚に陥る。その異常は立っていることさえ難しくさせ、膝から崩れ落ちると、額を地面に擦り付けながら震えを抑えつけようと腕を掻き抱く。
「くっ……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えにうずくまるその姿はきっと滑稽で、あまりにも情けない。
とてもじゃないが、人々を救うヒーローなどとはかけ離れすぎている。
だが、それでも……ここで貧相に震えてる手足は誰かを助けることができたらしい。
その事実だけが、指先の先端にまで熱を届け、やがて心を落ち着かせる唯一の救いだった。
「よかった……」
息を詰まらせながら喉奥から漏れた声もまた、誰もいない地面にポタリと落ちた。




