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14話 柚原先生は黒幕に向いている


 下校時刻をとっくに過ぎた校舎はシンと静まり返っていた。戸締まりと消灯が入念になされた人気ひとけのない巨大な白い箱はどこか不気味で、反響する二つの足音はここではない何処かへと吸い込まれていく。


 まるで、元いた空間とは違う空間に迷い込んだんじゃないかと不安にさせるほどの錯覚は、職員室の明かりを目にしてようやく解けた気がした。


 ノックもせず扉を開くと、並んだデスクの向こうに見覚えのある頭がひょっこり。


「もう帰ろうかと思ってたところだったよ」


 ちゃんとした約束を交わしていなかったにも関わらず、柚原先生は俺たちのことを待っていたようだった。


「如月さんはちゃんと案内できた?」

「案内しましたよ。それと、部長の折ヶ嶺とも会いました」

「ああ、折ヶ嶺くんと話せたんだ? なら良かった良かった」

「彼が演劇部のためにやってる事も教えてもらいました」

「演劇部のため……? 彼なんかやってたっけ?」


 先生のその反応は、もしかしたら自分の推理は間違っているのではないか? という不安をさせたのだが、もう一度頭の中で整理してから俺は告げた。


「客を集めるために、他校の生徒と繋がりを作ってることですよ。あれ、先生の入れ知恵ですよね」


 先生の視線はチラリと、俺の隣にいる白崎へと移りまた戻る。


 トントンと指が硬いデスク上を叩く渇いた音がしてから、その瞳は細められた。


「なんでそう思ったのかを聞きたいかな」


 とぼけるでもなく、はぐらかすでもなく、誤魔化すでもなく証明を求められたことに少しホッとした。

 おそらく結論が間違いじゃないから。

 

「違和感を覚えた部分は幾つかあります。まず、異動することを見据えて教師から攻略していくなんていう生徒では考えつきにくい発想。あれほど行動力があるにも関わらず、演劇部が廃部寸前になるまで放置していた矛盾。折ヶ嶺の口から語られる客集めの方法は凄かったですが、それが凄ければ凄いほど今の演劇部の状態から乖離していく気がします」


 説明してて思ったが、それは違和感というよりも不気味さに近い感覚だったのかもしれない。

 例えるのならまるで、幼い子供が大人びた言葉遣いをしているかのような……。


「なんか、怪しい教材を売りつけられたかのような言い方だね」


 ああ、それだ。話自体は都合が良すぎるくせに現実味が伴っていない現状。魔法の言葉はきっと「まだ我々しかやっていない新事業」とかなんとか。


 折ヶ嶺くらいの実行力があるのならば、そもそも演劇部は廃部寸前まで追い込まれていない気がした。


「ほいで? それがどう私と結びつくのさ」

「先生が言ってたことと折ヶ嶺の考え方は妙に一致してる気がしたんですよ。それに、そもそもの話として顧問が部長を野放しにしている事にも違和感があります」

「野放しねぇ。そういう風に見えても仕方ないのかもね。証拠はあるの?」

「証拠なんてないですよ。別に折ヶ嶺を問い詰めたりもしてませんしね。ただ、あれが先生の入れ知恵なのだと仮定したら、俺が納得できるってだけです」


 そう言うと、先生はふぅんと鼻を鳴らす。


「じゃあ、私がそうだよって答えたらこの話は終わり?」

「俺は好奇心から真相を知りたいだけなんで」


 先生はしばらく黙っていたが、やがて筋肉を弛緩させるように伸びをしてから立ち上がる。


「どこに行くんです?」

「自販機。二人もおいで。奢ってあげるからさ」


 キャッシュレス決済なのか、その手ににぎられたスマホには、首を吊ったナマケモノのストラップがでかでかとぶら下がっていた。


 それスマホにも付けてるのかよ。



 ◆


 カシュッという音をたてて缶を開けた先生は、その勢いのままんくっ……んくっ……と喉奥に中身を流し込んでいく。持っているのがお酒だったならサマになっていたのだろうが、残念ながらそれはただの炭酸ジュース。ぷはぁあ! という飲みっぷりまで飲酒そのものなのだが、幼い外見も相まって可愛いという感想しか出てこなかった。


「君たちも飲みなよ」


 そう促され奢ってもらった缶ジュースを開ける。白崎も同じように缶を開けたが、さすがに一口二口飲んでから、硬いテーブルの上にコトリと缶を置いた。


 自販機でジュースを奢ってもらった俺たちは、先生に連れられて生徒指導室にいる。生徒指導室という言葉だけみれば、ドラマで見るような取調室をイメージしていたのだが、中は低いテーブルを中央にして、お尻が沈むソファが向かい合わせに置いてある応接室のような場所だった。


「実はさ、演劇部は今年で終わらせるつもりだったんだよ」


 やがて、おもむろに先生はそう切り出した。

 ただ、それを聞いても驚きはなく、むしろ納得のほうが大きい。


 先生は、やりたい人がいない部活は淘汰されるべきだと語っていたから。


「でも、可能性をゼロにしなければ立て直せる未来もあった。だから私は、演劇部がどちらに転んでも折ヶ嶺くんのためになるような事を考えなきゃいけなかったわけだ」

「それが……客集めですか?」


 疑惑の言葉を、先生は鼻で笑う。


「言いたいことが分からないわけじゃないよ? 何かに夢中になって、その事だけに打ち込む懸命さは、部活動で得られるかけがえのないものではある。だから……演劇という分野のみに絞って活動をすることもまた、選択肢の一つではあったのかもね?」


 そう言った先生は、悪びれる様子なく渇いた笑いを浮かべたのだ。


「でもさ、その結末がもしも廃部だったら――その懸命さは一体どうなっちゃうの?」


 声のトーンは、いつもよりも低かった。


「それをどれだけ「仕方がなかった」と言い繕ったところで、折ヶ嶺くん自身が納得できなきゃ負い目を感じさせることになる。彼が自身の努力を否定するようなことになるのなら、最初から演劇部になんか入部すべきじゃなかったんだよ」


 そして、


「――だから私は、演劇部がどちらに転んでも折ヶ嶺くんのためになるような事を考えなきゃいけなかったわけだ」


 もう一度、そう言ってみせたのである。


 やがて、先生は緊張を解くようにフッと息を吐いた。


「……たとえ演劇部が終わっちゃったとしても、客集めのために築いた人脈は今後も残るでしょ? それに、新しいコミュニティに自分から踏み込んでいく事は、この先の人生でも必ず必要とされる事でもある。だから、そうなるよう彼をそそのかしたんだ」


「そそのかすって……指示したわけじゃなかったんですね」


「えぇ? そんなことしないよー。私はそうなるよう誘導してアドバイスをしただけ。だから折ヶ嶺くん……まるで自分が考えついた事かのように話してたでしょ?」


 満面の笑みで先生はそう言った。それはまるで、物語終盤で明らかになる真の黒幕にも近しい笑み。


 それでも、


「どう? 納得できた?」

「まぁ、納得はできました」


 演劇部のためじゃなく折ヶ嶺のためだと言い放った心には、俺が納得できる善があったように思う。


「そっか。深井沢くんなら分かってくれると思ったんだよねえ。君も、客寄せパンダ否定派じゃなかったからさ」

「そういや、そんな話ありましたね。まさか、あれで俺がこの話を理解してくれるか測ってたんですか?」

「もしも君が、折ヶ嶺くんに真っ向から対立するようなら、対策を講じなきゃいけないなと思っただけだよ」

「ははは……なるほど」


 軽い口調でそう言った先生はやはり黒幕に向いている気がする。対策を講じるとか怖すぎるだろ……。


「それで? 白崎さんのほうは納得できた?」


 やがて先生は、俺の隣に座る白崎にもそう問いかけた。


「納得できました」

「そう、なら良かったよ。まぁ、ジュース奢ってるんだから納得ぐらいしてもらわないとね?」


 これ賄賂わいろだったのかよ。だとしたら安すぎやしませんかね。


「じゃあ、話はこれで終わり! 二人が理解してくれたおかげで早くすんだよ」


 そう言った先生は缶ジュースの残りを飲み干す。


「私は帰る支度してくるからここで待ってていいよ。白崎さんは今日も泊まってくんだよね?」

「あ……はい」

「おっけー」


 空き缶を持ったまま生徒指導室から出ていく先生。

 パタンと扉が閉まってから、俺も缶の残りを一気に飲み干した。


「……もしも、先生の話に納得できなかったらどうするつもりだったの?」


 そしたら、不意にそんなことを訊かれた。


「納得できなかったら?」

「そう、納得できないことだったら」


 それにしばし考えてみる。


「たぶん折ヶ嶺を殴って目を覚まさせてたかもな。「お前がやってることは間違ってる」って」


 言いながら軽く握ってみた拳を白崎も見つめてきた。


「……暴力的なんだね」

「暴力は状況を覆す手っ取り早い手段の一つではあるからな。お前もいざという時のために殴る練習くらいはしておいたほうがいいぞ?」

「殴るのに練習なんているの……?」

「いるだろ。やってないことを土壇場で繰り出すことなんてできないからな」

「じゃあさ、練習台になってくれる?」


 そう言った白崎の表情は、冗談かどうか分からないほど真剣だった。


「……まぁ、白崎が実戦するのなら殴るより金玉を蹴り上げるほうがいいのかもな。その場合、練習台になんて絶対になりたくないが」

「あれさ、失敗したらもっと怒りを買いそうだよね」

「逆に言えば、それくらいの弱点ってことでもある。まぁ、よくある必殺技なんてのも出すタイミングを間違えれば、ただ力を消費するだけのものだしな。練習も大事だが、それを有効的に使う技術がもっと大事なのは確かだ。あとは、勇気なんじゃないか」

「勇気、か。どうしたら勇気って出せるんだろうね」


 白崎は自嘲気味に目を伏せた。


「さぁな? だが、一つ良いことを教えてやろう」


 そう言ってみせると、伏せられた目は再び俺へと向けられた。


「勇気っていうのは勝手にでてくるものじゃなく、意識的に出すものなんだよ」

「意識的に……?」

「センサーで水が出てくる蛇口あるだろ? 勇気っていうのはあれじゃなく、捻って水を出す蛇口なんだよ」

「それが……なんなの?」

「それを理解していれば、勇気が必要な場面で意識できるって話だ」


 自慢げにそう話してみたものの、白崎は無言でジッとこちらを見つめてくるだけ。

 いや、何も言ってくれないと不安になるんだが……。


 そうしていたら、生徒指導室の扉が開いた。


「支度できたから帰るよー……って、お邪魔だったかな?」


 入ってきた先生は、何を察したのかそんなことを言ってくる。


「そんなわけないじゃないですか」


 視線を白崎から外して否定。


「トイレだけ行ってきます」


 白崎もそう言って立ち上がると、先生の横を通りぬけて生徒指導室からでていく。


「あれー? まさか本当に邪魔しちゃった?」


 そんな事を言う先生だったが、タイミング的にバッチリではあった。


 ……いや、というかナイスタイミング過ぎた。


「もしかして先生、話聞いてました?」


 何気なくそう訊いたら、先生は一瞬キョトンとしてからわざとらしい笑みを浮かべてみせたのだ。


「えぇえ? 私が扉の前で立ち聞きしてたとでも言いたいの? そんなわけないじゃーん」


 ああ、これ聞いてたな……。


「先生、たぬきってよく言われません?」

「たぬき? たぬきって可愛いよねー」


 そう言ってとぼけ倒す先生に、もはや俺は力なく笑うしかない。


 この人はたぶん、本当に黒幕に向いている。




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