13話 違和感あるメソッド
折ヶ嶺が他校の生徒と絡むためにしたことは、至って簡単なことだった。
それは――教師と仲良くなること。
「恩師がいる学校を訪ねるっていうのがあるだろ? あれみたく、うちの学校でお世話になった先生へ挨拶に行くんだよ。それをキッカケにして、そこの学校の先生とも話すのさ。向こうは新しくきた先生がどんな人なのかを知りたがっているし、学校が変わっても訪ねにくる生徒がいるっていうのは、その先生にとっても良いアピールポイントになる。お互いWin-Winになるよう立ち回るんだ」
折ヶ嶺は真剣な表情で慎重に説明した。
「もちろん、これにはエピソードトークがつきものだから、この学校にいる間にどれだけ仲良くなれるかが鍵になる。曖昧な関係で挨拶に行っても「なんでお前が?」って空気になりかねないからね」
「そういえばあんた、よく先生に変な質問して授業止めてるよね」
如月は感心したように言ったが、その言い方だけ聞けば全く感心していない。
「……変な質問なら先生たちは答えてくれないよ。授業を止めるにはクラスメイトの大多数が賛同するようなことじゃないと」
「賛同……? 私そんな賛同したことないけど」
「そんなのわざわざ取るわけないだろ? あるじゃないか。イケメンの先生に対して「結婚してるんですか?」なんていうセクハラまがいの質問とか」
「それってセクハラなの……?」
「受け取り方によってはセクハラらしいよ。でも、教室にいる多数の女子生徒が気になっていたりとか、その先生が本当にイケメンだったら軽い雑談として答えてくれる場合がある。空気読み的なことだね? まぁ、俺は怖いからその手の質問はしない」
「折ヶ嶺って空気読みしてたのね……。授業止めるたびに、空気読めてないなコイツって思ってた」
「如月は空気読みよりもデリカシーを身につけたほうがいいかもしれない」
「あ、それってセクハラじゃない?」
「たぶんモラハラのほうじゃないかな。それで言うと、俺は如月から何度かモラハラを受けてるよ」
「え? 私が?? いつ??」
如月は驚いたように眉根を寄せた。もはやその光景だけを見ても、折ヶ嶺が教師と良好な関係を築いていることが手に取るようにわかってしまう。
そしてなぜか、如月はあまり教師と仲良くないんだろうなということも。
ただ、彼女のような人間のほうがきっと普通なのだろう。
なぜなら、担任や顧問の先生ならまだしも、わざわざ教師と仲良くなりたいと思う生徒は少数派だからだ。
「教師だって人間だからお気に入りの生徒はいるだろうし、そのお気に入りの生徒になれれば生徒間で一目置かれる可能性は高くなる。これは、別の学校に行っても同じなんだよ」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よってことか」
「そういうことだね」
「……へ? 醤油インを欲っすればまず美味いよ……? 深井沢がなに言ってんのか知らないけどさ、それ塩分取りすぎだからやめたほうが良いよ」
「如月ぃ……君は耳が悪いだけなんだよね? 頼むからそうだと言ってくれッッ!」
如月の健康志向に、折ヶ嶺は頭を抱えた。
「梓ちゃん……ことわざだよ。目的を達成するためには、まず周りから攻めろっていう」
「醤油をインすることが?」
見かねた桃乃木のフォローすらをも貫通する如月の破壊力。醤油をインするってなんだよ。
「あっ、そっか! 醤油が教師で、他校の生徒が納豆みたいな話ね?」
そう言って、ポンと拳で手のひらを叩いた如月。
なんか納得したみたいだし、もう放っておこう。
「……とりあえず、教師と仲良くなれれば、そこに属してる生徒と仲良くなる機会が自然と増えるんだよ」
きっと折ヶ嶺も同じ結論に達したのだろう。もはや訂正することなくそう続けた。
「そうやって繋がりを増やしたわけか」
折ヶ嶺はコクリと頷く。
「他校の生徒とお近づきになりたいっていう生徒はどこの学校にもいるからね。あとは、その利害が一致する生徒同士を繋げてあげるだけ」
それは巧妙に仕組まれたメソッドだった。
そして折ヶ嶺は、それをさも簡単そうに説明したが、そんなのは誰にでもできることじゃない。
別の学校を訪ね先生に挨拶をしながら他の先生と仲良くなるなどあまりに難易度が高すぎる。それどころか、それをキッカケにそこの生徒と交流を図るなど高難易度すぎて想像すらつかない。
なにより、それを見越した学校生活を送るなんて誰ができるというのか。
「それが全て演劇部のためだっていうのか?」
「うちの演劇部が人を呼べるほどの演劇をやる可能性は低かったからね。ならもう、あとは人で人を呼ぶしかない。それを俺が担おうと思っただけさ」
折ヶ嶺はやはり真剣にそう言ってのける。
ああ、コイツは本物だと思った。本物の演劇部部長だと。
「それに――」
そう呟いた折ヶ嶺は俺から如月、如月から白崎へと視線を向ける。
「ちゃんと演劇ができる可能性が増えたしね。入部してくれてありがとう。歓迎するよ」
そして、彼は満面の笑みを浮かべてみせたのだ。
◆
演劇部はその後、店で解散した。
その足で俺は学校へと戻っている。辺りはすでに暗く、車道を駆ける車のハイライトが眩しい。
吹き抜ける風は、まだすこし冷たかった。
「どこにいくの?」
後ろからかけられた声に立ち止まって振り向けば、そこには白崎が佇んでいる。
肩からかける鞄の持ち手をギュッと握りしめ、不安そうな瞳が俺を覗く。
「職員室。柚原先生が今日も泊めてくれるらしいぞ」
「誰を……?」
「お前に決まってるだろ」
「二日も?」
「一日も二日も、一週間も変わらないと思うけどな。それとも、もう家に帰るか?」
白崎は視線を落として口をつぐんだ。
「泊まれるだけ泊まっとけ」
「家には、なんて……」
「昨日と同じでいい。なんなら連絡しなくたっていい」
伏せた視線が俺へと向けられた。ただ、口は閉じられたまま。
「大丈夫だ。どうなろうと、俺はその全てを知ることになる」
昨日と同じ言葉。だが、昨日と同じように嘲りで返されることはなかった。
「……本気なの?」
「本気ってなんだよ。俺はずっと本気だが?」
「私は……あなたにとって他人だよ?」
「自分以外の人間は全員他人だろ」
「そういう事を言ってるわけじゃない。私のせいで、深井沢くんに迷惑がかかるって言ってるの」
「知ってるよ」
そう断言した時、暗闇のなかで彼女の瞳が大きくなった気がした。
「いや、正確には〝知ることになる〟っていうのがやっぱ正解だろうな。今の俺は何も知らないから」
「……怖くないの?」
「怖さはある。当たり前だろ? ただ俺は、手放したことに悔やむほうがずっと怖いだけだ」
白崎は身動ぎもせず、ただ俺を見つめていた。
だから、俺から先に足取りを戻す。
それに駆け足が追いかけてきて、すぐ後ろで歩調が戻った。
「付いてこなくても一人で戻れるわ」
「別に付いてきてるわけじゃない。俺は柚原先生に用事があるだけだ」
「用事?」
「ああ。……まぁ、用事というか確かめたいことがあるだけなんだが」
「確かめたいこと?」
「お前――折ヶ嶺の話で何か違和感を覚えなかったか?」
その質問に白崎はしばらく何も答えなかった。
「違和感ってなに?」
「他校の生徒と仲良くなる方法だ。あの話……どう考えても視点が俺たち生徒じゃない」
「どういうこと?」
「あれは生徒が考えつくような方法じゃないってことだ。俺にはまるで、教師が考えついた方法のように聞こえた」
「教師って……柚原先生ってこと?」
「柚原先生が言っていた事と、折ヶ嶺の言葉の節々が似通ってる。俺の中で、あの方法が柚原先生からの入れ知恵だとするなら違和感がなくなるんだよ」
「……もしもそうだとしたら何がおかしいの?」
「普通に考えておかしいだろ。演劇部の顧問が演劇じゃなく、客の集め方を指示するなんて」
「まぁ、それはそうなのかも」
「ただ確証はないし、もしかしたら「おかしい」っていう俺の違和感のほうがおかしい可能性だって全然ある。だから、その答え合わせをしに行く」
そんな説明を終えると、白崎はただ黙ったまま後ろをついてきた。
チラリと肩越しに見た彼女は、じっと何かを考えているようだった。
たぶん、今になって違和感を覚えだしたのかもしれない。
もしもそうなのだとしたら、やはり俺の推測は間違っていないと思った。




