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12話 折ヶ嶺新太は消去法をした


 折ヶ嶺新太から指定された場所は、学校からほど近い駅ビルにあるファーストフード店だった。


 俺が幼かった頃は、まだ店が立ち並ぶアーケード街のほうが賑わっていたイメージだが、ここ数年で建設されたビルの中にあらゆる店が収納され、今ではこういった場所に集まるほうが普通らしい。


 ゲームセンターなんて施設も聞いたことはあるが実際に行ったことはない。友達とゲームするのなら家にあるパソコンで十分だからだ。

 まぁ、一緒にゲームをする友達なんていないんですけど。


 そんな店に入るとき、入れ違いで別の高校の生徒集団がでてきた。


「――あれ? もしかしてさっき折ヶ嶺が言ってた演劇部じゃね?」


 聞き覚えある名前と演劇部という単語から俺たちは立ち止まり、声の主と目を合わせてしまう。

 そこにいたのは男三人。全員ゆるい校則のもと学校生活を送っているのだろうとすぐに分かるピアスをしており、髪も今風にまとめていた。


 彼らは仲間内で視線を交わすと、店の出入り口だというのに正対し話しかけてきたのだ。


「俺ら今まで折ヶ嶺と一緒にいたんだけど、同じ学校の演劇部であってる?」


 いや、ここで話しかけてくるなよ。邪魔だろ。


 そう思い俺だけ先に店内に入って客が通れるだけのスペースを空ける。そして、そのせいで俺だけ演劇部の集団から切り離されてしまった。

 まぁ、すぐに済む挨拶程度だろうと店内の壁に背中を貼り付けて待つ構えをとったのだが、


「え、やっぱそうだよね!? 合ってて良かったあ。違ったらただのナンパに見られちゃうからさあ。あ、てか演劇部って普段どんなことやるの?」


 などと、ナンパじゃないことを否定するナンパを始めたのである。

 おーい、後ろのお客さんちょっと困ってるぞ。あ、てか演劇部が普段どんなことやってるのかは折ヶ嶺に聞けよ。


 そんな彼らに対して桃乃木は曖昧に笑い、如月は困惑し、白崎は無言。向こうのコミュニケーション能力に全く釣り合っていない空気なにも関わらず、彼らは全く退こうとする感じがなかった。


「俺らよく折ヶ嶺と会ったりしてるんだけどさ、良かったら今度一緒に遊ぼうよ」


 そう言ってスマホを取り出し連絡先を聞こうとしてくる辺り、手慣れているのかもしれない。


 そんな様子を眺めていたら、周囲を見回していた白崎と視線がかち合う。彼女は一瞬眉根を寄せて不満そうな表情をしてから、俺にだけ分かるようわざとらしい息を吐いたのだ。


 顔を上げたその表情には、完璧な笑みが貼り付いていた。


「あのさ、私たち時間なくて急いでるから、もう――いい?」


 その笑みから放たれたのは丁寧な拒絶。柔和だが威圧的でもあり、いくら空気が読めない連中にも強制的に空気を読ませる優しさが滲んでいた。


「あー、そうだよね? なんか折ヶ嶺と待ち合わせしてんだもんね? ごめんね! なんか邪魔しちゃってさ!」


 さすがにそれを感じだったのか、男の一人が心にも無いような軽い謝罪を口にする。


「それじゃあ」


 その隙を見逃さず白崎が店内へと入り、流れるように桃乃木と如月も入店。自動ドアが完全に閉まったところで、白崎はため息を吐いた。


「おつかれさん」

「なんで逃げたの?」

「逃げたんじゃなく出入り口だったから退いただけだ。それに挨拶だけで済むと思ったんだよ」

「また戻ってきたら良かったのに」

「もう店の人が声かける寸前ではあったぞ」


 そう言って、こちらへ向かってきていた店長らしき男性を目線だけで指す。


「それと、ああいうのは男が割り込むより店の人が正当な主張で止めさせたほうが丸く収まる」

「それらしい理由だね」

「まさか店の出入り口でナンパしてくるとは思わんだろ。あと、俺が何かしなくても対処できるだろうとは思ってた」

「……まぁ、いいけど」


 そうしてようやく白崎は怒りを収めてくれた。というか、なんで俺が責められたんだ。


 その理不尽さに頭を抱えたくなっていたら、桃乃木と如月が驚いたように俺を見ていることに気づく。


「どうした?」

「え? ああ、いや……そんな風に会話できたんだなって」

「普通の会話だろ」

「あー……なんていうか、まぁいいや。いこ、 桃花」


 如月の、奥歯に物が挟まったような物言いに疑問を感じたものの、彼女は桃乃木を急かして店の奥へと行ってしまう。


「あ、いたいた。折ヶ嶺くん」


 やがて、その桃乃木が隅のほうに向かってそんな声をだし、見れば6人は座れるテーブル席に同じ制服を着た男子生徒が座っていた。


 彼が、演劇部の部長を務める折ヶ嶺新太なのだろう。


 他校の女子生徒と遊びまくっているという事前情報や先ほどの連中のこともあってか、勝手にチャラついた奴なのかと思っていたのだが、そこにいたのは至極真っ当に見える人間だった。


「おおー、桃乃木。こっちに呼び出して悪かったね」

「ううん、私も急に連絡したから」


 交わされる言葉も至って普通のもの。なんというか……先ほどの連中とは毛色が違いすぎる気がする。


「ちょっと折ヶ嶺。あんたのせいで変な連中に絡まれたんだけど?」


 そう如月が怒りをぶつけると、折ヶ嶺という奴は面妖な表情。


「へ? なんで如月がここに?」

「演劇部に入ったから」

「お前、演劇に興味あったの?」

「誘われたのよ。コイツに」


 そう言って指をさされる俺。はいはい同じ流れ同じ流れ。


「あぁ、柚原先生から聞いてるよ。深井沢だっけ? よろしくな」


 立ち上がって屈託のない爽やかな挨拶。


「それと白崎さんだよね。先生から聞いた時は同姓同名の別人かと思ったよ」


 それに白崎は無愛想に「よろしく」とだけ返した。


「折ヶ嶺さあ、あいつらと何の話してたの? いきなり連絡先とか聞かれたんだけど?」


 それに如月が怒りのまま割り込んでくる。


「あー、さっき解散したから鉢合わせちゃったのか。もっとはやくに解散しとけば良かったな」


 気まずそうに言いながら、おそらくさっきの連中が頼んでいたのであろう空のコップたちをトレイに集める折ヶ嶺。


「一旦会計は済んでるから新しく頼んでいいよ」


 それをテーブルの隅に集めると、使い捨てのおしぼりで綺麗にテーブル上を拭きはじめた。その行動には、こういうことを何度も経験してきたのであろう洗練さが見て取れる。


「悪い奴らじゃないよ。今度、他の学校の女子も交えて遊びにいく計画を話してただけ」

「うわーやっぱ折ヶ嶺ってそういうことしてたんだ」

「そういうことってなんだよ」

「遊びまくってるってことよ」

「如月も行く?」

「は? 行くわけないじゃん。しかも来るのってさっきの人たちでしょ?」

「お前、それ悪口入ってるって」

「悪口言われても文句言えない絡み方されたんだけど」

「それは……悪かったよ」


 折ヶ嶺は申し訳なさそうに謝ってから、俺たちに座るよう促してくる。


「とりあえず新入部員だけでそっち座って。桃乃木はこっちね」


 それに従って座ると、対面に座り直した折ヶ嶺がメニュー表を渡してきた。


「お詫びにここ奢るから何でも頼んでいいよ」

「え、マジで? あー……なら、まぁ、いいかな?」


 真っ先に食いついたのは如月。おいおい、扱いまで手慣れすぎだし、如月はチョロすぎだろ……。


 そうして注文を終えてから、最初に口を開いたのはやはり折ヶ嶺だった。


「――さっき俺が遊びまくってるって言ってたけど、俺は幹事しかやってないよ」

「……幹事?」


 それに如月が疑いの目を向ける。


「そうさ。店の予約とか会計の計算だけしかやってない」

「なんでそんなことしてんの?」

「もちろん演劇部のためだよ」


 彼は真面目な顔でそう答えたのだ。そこでようやく俺は口を挟む。


「桃乃木からそれは聞いた。客集めの布石だってな。だが、演劇部自体が廃部寸前なのにそんなことをしてるのは違和感しかない。遊んでると思われるのは仕方ないんじゃないか?」


「まぁ、それはそうかもしれないね。信じてもらえないかもしれないけど、俺はいつか文化祭とかで演劇ができた時に備えて、客を呼べるよう準備してるだけなんだよ」


「客よりも先に演劇部自体をどうにかすべきなんじゃないのか? 結局演劇ができないなら意味ないだろ」


「演劇については部員が少なくてやれることが少なかったのと……こうやって他の学校の奴らと絡んでいれば、それに釣られて部に入ってくれる人がいるかなとも目論んでたんだ」


「演劇部に入れば他校の生徒と絡めるってか?」


「そう。魅力的ではあるだろ? みんな同じクラス、同じ学校の人たちとしかほぼ交流しないから」


 言われてみれば一理あるのかもしれない。


 ただ、


「それに釣られて入ってくる奴らは熱心に演劇なんてしないだろ」


 演劇自体に魅力がないのなら、演劇部として破綻してるような気がする。


「それもそうなんだけど……そもそも熱心に演劇をしようと思う人がいないから部員が少ないんじゃないかな」


 そう、折ヶ嶺は力なく笑ったのだ。


「もちろん、自分たちが一生懸命演劇をやってれば自然と部員が集まるだろうと思ってた時期もあったんだけど……気付かされたんだよ、そんな人は最初からうちの学校になんて入学なんてしてこないって」


 それに似たようなことを柚原先生が言っていたのを思いだす。うちの学校はわざわざ演劇をするために入学してくるような学校じゃない、と。


 そう考えれば、演劇という名目で勧誘するよりも、他の要素で部員を釣ってしまうほうが賢いのかもしれない。

 バンドを始める者たちのなかには、モテることを目的とする者がいるように。その部活の目的よりも、ただ単に友達が欲しくて部に入る者がいるように。


「じゃあ、折ヶ嶺くんはどうして演劇部に入ったの?」


 そこで初めて、白崎が口を開いた。


「俺? 俺は……まぁ、もう時効かな。俺は高校デビューに失敗したから、代わりに何かの主役になりたくて入ったんだよ」


 それに如月が吹き出した。


「ご、ごめん! 急に黒歴史話しだしたから、つい……」

「いや、いいよ。こう見えてさ、俺初日の授業、髪を金髪に染めて受けたんだよ。ウケなかったけど」

「そんなことしてたの」

「とりあえず目立とうと思って。でも、教師に怒られた挙げ句なんかヤバイ奴認定されて終わったんだよね……ははは」


 ちなみにうちの学校では派手な髪が禁止されている。たぶん、それを大幅に超えた金髪にしていたのだろう。


「それで、主役にはなれたの?」


 白崎の問いに折ヶ嶺は首を振った。


「主役になるのはもう諦めたよ。それどころか、部員もどんどん減っていったから俺には人を惹きつける才能がないんだなって思わされた」


 そこまで聞いて、俺はようやく納得できた気がした。


 折ヶ嶺新太という奴は、いろんなことを諦めて消去法をして、それでも自分にできることをやっているのだ、と。


 たしかに、演劇部員が減っていくのを目の当たりにすれば、そんな演劇部に人を勧誘することのほうが遥かに難しかったに違いない。


 やがて、演劇部には魅力がないのだと結論づけた折ヶ嶺は、その魅力を他で補填しようとしたのだろう。


「いろいろあったんだな」

「そう。いろいろあったんだ」


 彼が反復した〝いろいろ〟には、言葉にはできない実感が込められていた。


「如月はこれでもまだ何かあるか?」


 そう訊くと、如月は戸惑った反応。


「私? なにが?」

「折ヶ嶺のこと部長に相応しくないって――」

「あー! あー! いや! 部長は折ヶ嶺でいんじゃない!?」


 言葉をさえぎれてなかったものの、それを誤魔化すように立ち上がって親指を立てる如月。


「そんなこと言ってたのか……。まぁ、そう思うのは仕方ないかもね。演劇部のためにやってたけど裏目にでちゃったな」

「なんにせよ誤解が解けて良かったな。あと、他校の生徒と絡むとか普通に凄いと思うが」

「それは……やり方がちゃんとあるんだよ。他校の生徒と仲良くなるやり方がね」


 そう言った折ヶ嶺は得意げではなかった。いや、やり方があるにしても十分凄いだろ。


「私それ当てられるかも。ズバリ、他校に友達がいるうちの学校の生徒から攻略すんでしょ!」


 代わりに、如月が得意げに言い放ったのだ。攻略ってなんだよ。


「違うね。まぁ、うちの学校から芋づる式にするのは合ってるけど」


 それを否定した折ヶ嶺。芋づる式ってなんだよ。


「スクールカーストって聞いたことあるだろ? 学校内での生徒間の序列を指し示す言葉。俺たちはこの中で友達だとか恋人を作ったりしてるわけだけど、このスクールカーストに影響されないもっと上の存在がいるんだよ」


 そう説明した折ヶ嶺は、あまりもったいぶることなくその答えを口にした。


「教師だよ。まずは教師と仲良くなることから始めるんだ」


 それに俺を含めた誰もが、あまりピンと来ていない顔を見合わせる。


「そして教師のなかには転勤する人もいるだろ? その繋がりを使うのさ」


 その時、柚原先生が折ヶ嶺について「成績は良いし、他の教師たちからの評判もいい」と評していたことを思いだした。

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