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10話 策略

「もしかして君は演劇部乗っ取ろうとしてる?」

「どうしたらそんな発想になるんすか」


 如月と共に入部届を出しに行ったら、柚原先生にそんな疑いをかけられた。


「自分の息のかかった者たちを徐々に置いていって実質的に支配する。古来から使われる有効的な手段だよ」

「演劇部を乗っ取ったって俺に利益なんてないですよ。それに、部員が増えるのは嬉しいことじゃないんすか?」

「人間はね、何事も上手くいきすぎると怖くなってくるものなんだよ。上手くいったことがない人間は特にそう思うようになる。なにか裏があるんじゃないか……? ってね」

 

 先生の疑りには悲しい自己肯定感の低さが紛れ込んでる気がしが聞こえなかったことにした。


「裏なんてありませんよ」

「ほんとにぃ?」

「めちゃくちゃ疑うじゃないですか……」

「まぁ、いいや。もし君が演劇部を乗っ取ったとしても、私が顧問であることに変わりはないし。部長は可哀想だろうけど」


 やがて、そう自己完結した先生はひとりでにウンウンと頷いた。


「そういえば部長って誰なんすか?」

「君たちと同じ学年の折ヶ嶺(おりがみね)新太あらたくんって子だよ」

「え、折ヶ嶺が部長なの……」


 そんなやり取りをしていると、後ろにいた如月がそんな声を漏らした。


「知ってるのか?」

「知ってるもなにも……同じクラスだけど」


 そこには、不満そうな態度が見て取れる。まぁ、同じクラス内で部長と部員という上下関係ができてしまうのは嫌かもしれないな。


「折ヶ嶺くんは良い子だよ? 成績は良いし、他の教師たちからの評判もいい。それに、ちゃんと演劇部だった頃の生き残りでもあるしね」

「ちゃんとってなんですか」

「そりゃあ、ちゃんと活動をしてた演劇部の話だよ。去年までは部員もそれなりにいて演劇もしてたっぽいからね。でも主力メンバーが卒業してからぽつぽつ辞めてって今の状態。だから、折ヶ嶺くんがちゃんとしてた頃の最後の生き残り」


 してたっぽい、ということは柚原先生は今年度から顧問になったのだろう。


「そういうのありますよね。誰かがいなくなった途端脆くなって崩壊する組織って。ジェンガみたく」

「卒業する子たちがそういう所も気にかけてくれたら良かったんだけど、そうはならなかったみたいなんだよね」

「それは無茶ですよ。自分たちが抜けた後のことまで考えるなんて。たかが部活でそこまで求めるのは酷ってやつです。それに、そういうことを気にかけるのは顧問の仕事では」


 そう言ったら先生は肩をすくめてみせた。


「たかが部活だけど、されど部活でもあるよ。せっかく自分たちの時間を使うんだから無理にやらされるなんて楽しくないでしょ。やりたい人がいない部活なら、私は淘汰されるべきだと思う」


 まるで他人事のようにそう言い捨てる先生。

 とはいえ、「必要とされないのなら排除されても仕方ない」という現実主義な考えは嫌いじゃなかった。そこに「生徒の時間を無理に奪うことはない」という理由があったから尚更。

 

「あのー……、演劇部が崩壊したのってそもそも折ヶ嶺が原因なんじゃない?」


 そんな話をしていたら、如月が眉根をひそめながらそんなことを言いだした。


「折ヶ嶺くんが……? なんで?」


 それに先生は首を傾げた。


「先生たちは知らないのかもしれないけど、折ヶ嶺って、よく他校の女子と遊びまくってるから。とても部長をやってるようには見えない」


 その発言には流石に驚いた。おいおい、まさかの身内が黒幕だったパターンかよ。てか、演劇部にそんな奴いたのか。他校の女子と遊びまくってるとか羨ましすぎるだろ。


「如月さんは折ヶ嶺くんと話したことあるの?」

「ちゃんとはないかな。ただ、遊びに誘われたことならあるよ。怖いから断ったけど」


 しかも、ちゃんとクラス内の女子にまで手を出そうとしたのは猛者ぎる。下手したら教室に居づらくなるだろそれ。

 

「ふーん……まぁ、入部してくれるなら会う機会は増えるだろうし、話してみればいいよ」


 先生の意味深な言葉。如月だけでなく、俺ですら眉根を寄せざるを得ない。


「その言い方だと、部活を放って女子と遊ぶことに意図があるように聞こえますが」

「おそらく。あるいは」

「どっちですか」

「誰かが誰かを理解するなんてそう簡単な話ではないんだよ」


 俺はその意図について考えてみたもののすぐにやめた。いや、どんな意図だよ。ただの遊び人としか思えないだろ。


「おおかた部長にはなってみたものの、人が少なくなって活動ができなくなったから遊ぶことにシフトチェンジしたとかじゃないんですかね」

「もしかしたらそうなのかもね。でも、彼は演劇に熱心だったんだよ」

「仮にどんな意図があったにせよ、それが伝わってないんじゃあ意図なんてのはないのと同じですね」


 そう言った結論に反論はあがらなかった。というより、そもそも先生には演劇部に対してそこまで執着がないようにみえる。


「とりあえず如月さんの入部届は受理するね。部室とかは深井沢くんが案内してあげて」


 先生は如月が渡した入部届を一番下の引き出しに仕舞いながらそう言って話を終えた。


 それから、


「あぁ、そういえば深井沢くんに話あるから、如月さんだけ外してくれないかな」


 まるで思いだしたかのように視線を俺へと戻したのだ。それに如月が頷いて、先生の前には俺だけが残された。


「――白崎のことですか?」


 そう訊いたら、先生は腕組みをしながら俺を睨みつけてきた。


「わかってるじゃん。まさかとは思うけど、あの子のこと私に投げようとしてない?」

「そんなわけないじゃないですか。ちなみに、どうでした」

「やり過ぎ」


 端的な言葉が先生の口から放たれる。


「やり過ぎってのは?」

「あの子、家事とか掃除とかしてくれたし、ご飯まで作ってくれたんだよね」

「良かったじゃないですか」

「まぁ、助かったんだけど……ちょーっとやり過ぎだね。それに、あれは泊まる代償というより『邪魔にならないように』って感じが強かったかな」


 そう語る先生の目線は空に向けられた。昨日を思い出しているのだろう。


「もちろん事情とかは訊いてないけど、なにか抱えてるのは流石にわかるよ。」


 やがて目線が俺へと降りてくる。


「深井沢くんはどうするつもりなの」


 それに答えたいのは山々なのだが、教師という立場の人にそれを言うのははばかられた。どうせ止められるのがオチだろうから。


「今日は泊めてあげられますか?」

「今日? 私からはなにも言ってないよ」

「本人が希望するなら泊めてあげてほしいんですが」


 それに先生は目を細める。


「別にいいけどね。で、そのあとは?」


 なおも問い詰め寄ってくる先生に、俺は誤魔化しの言葉を捜す。


「舞台がまだ整ってないので」

「それってさ、舞台が整ってないというより役者が揃ってないんでしょ」


 人差し指でデスクをトントンと叩きながら呆れるように言い放つ先生。

 もしかしたら、この人は理解っているのかもしれない。


「まぁ、そうともいいますね」

「主役にでもなるつもり?」

「まさか。その舞台の主役は白崎ですよ」


 そう返したが、疑惑の視線は緩まらなかった。


「主役っていうのはね、物語を結末へと導く人のことを言うんだよ。主役が居なきゃ始まらないんじゃなく、その人がいないと終われないから主役なんだ。そんな大役が今の彼女に務まるのかな?」

「白崎にしか終わらせられないなら、それはもう主役と言って差し支えないでしょ。それに――バッドエンドは回避されてます」


 そう白状してようやく先生の視線が緩んだ。


「やっぱり深井沢くんは裏方のほうが向いてるよ」

「それ「主役にはなれない」って言ってるようなものですけど」


 そしたら先生は穏やかに笑ってみせた。


「違うね。私は「脇役にはもったいない」って言ってるんだよ」


 そんな風に言われては返す言葉がなかった。もしかしたら、俺はこの人に口喧嘩で一生敵わないかもしれない。


「一つだけ忠告しておくけど、ジェンガで抜いた穴を他で埋めることはできないんだよ」

「忠告が抽象的すぎて俺に伝わってないです」

「やり過ぎないほうがいいってこと。結局、人は帰属する組織が一番になってしまうからね。取り返しがつかなくなるのなら、やらないほうがずっと良い」

「取り返しなんて生きてる限り効くと思いますけどね。それを一番に思っているのなら」

「それは綺麗事だね」


 低い声音で言われた一言を、今度は俺が穏やかに笑ってみせた。


「先生は、なぜ綺麗事が「綺麗事」って言われるか知ってますか?」

「……なぞなぞ?」

「綺麗事ってのは成し得ることが最も難しくて、成し得たなら最も強いカードだからですよ」

「辞書を開いたらそんなことは書かれてないはずだけどね」

「要は覚悟の話です。俺は半端な気持ちで白崎と関わってないってことですよ。それに、取り返しがつかないバッドエンドは回避してるって言ったじゃないですか」


 先生はしばらく黙っていたものの、やがて息を吐いた。


「わかった。やりたいようにやってみなよ。でも、それが正しくないなと思ったらすぐに止めさせるから」

「正しくないってのは?」


 それに先生は腕組みをして考えていた。


「役者っていうのはさ、演技をしていると自分を見失うことがあるんだよ。それは自分よりも演技している自分のほうが価値が高くなってしまうからなんだ」


 そして、そんなことを言いだしたのだ。


「これは役者に限った話じゃなく、社会で生きてる人にはみんな当てはまることなんだよ。そうやって偽物が本物を食ってしまうことを大衆は都合よく成長といって褒めそやすんだね」

「つまりどういうことですか」

「つまり、白崎さんに演技なんてさせちゃダメだよってこと」

「いや、最初からそう言ってくださいよ。というか、演技させちゃダメだなんて演劇部の顧問の言葉とは思えないですね」


 そんな軽口を叩いたら、先生はやれやれとばかりに首を振ってみせたのだ。


「だってさ、わざわざ演技する必要なんてある? みんな生きていくうえで既に演技してるのに」


 それはたぶん、演劇部の顧問が言ったら終わりだろランキングナンバー1の発言だろう。


 2位以降は知らんけど。

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