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ある冬の日

 1月ももう終わる。

 世界はより複雑になった。


 複雑に見えるようになった。私の目には。先が読めない。どういう原理で動いているのか、ミクロな観点でわかるようになるほど、埋まっていないピースの数にめまいを感じることが増えた。


 シンプルに考えることだってできる。そうした方が、短期的にはうまくやれるかもしれない。ただ私が短期的にうまくやったとして、それには何の意味も価値もないように感じるのだ。


 語るべきことがわからなくなってからもうすでにそれなりの時間が経ったように思う。

 私は一本の根無し草であることに慣れてしまった。

 将来のない人間であることにも。


 生きることの難しさを感じることが減った。難しいことの一切を諦めたから。

 苦しいことも減った。悲しいことも。耐えなくてはならないことも、我慢しなくてはならないことも減った。

 呼吸は少し楽になった。溺れかけていた人間が、力を抜いて顔だけ出すことを学んだように。


 世界は真っ暗で、私の心にも光はない。しかし絶望はしていない。何かしらの温度を感じてはいる。


 信じなくてはならないと感じることが増えた。信じる対象も知らないのに。

 私は私にふさわしいものを作り上げることができなかった。何度も試みたのに。

 私は私が信じられるものを探し続けたが、どれもふさわしくなかった。

 私の理想は私に耐えられなったし、私自身もその理想に耐えることはできなかった。

 だから私は砕けて散らばったカラフルなガラスの前に立っていて、その鋭い切っ先につけられた傷も、痛々しい跡を残しながら塞がって、飛び散った血も乾ききったのだ。


 私はもう生きるのに理想を必要としない。でも理想はきっと私を必要とするだろう。だから私はまだ理想を探しているし、そのための検討と思考を繰り返している。

 私はきっとそれを手ずから創造することはできないだろうと思う。

 しかし誰かがそれを作り上げるための材料を予め用意することくらいならできるかもしれない。


 私の魂は腐っていて、私の技量は中途半端で、私の存在はあらゆる美しきものに逃げられてしまうだろうが、それでもまだ私にできることがあるのなら、それに真摯に向き合うしかないのだ。

 私には多分、まだやるべきことが残ってる。それはきっとひとつではなく、いくつものまだ存在することができていないものたちが私を呼んでいて、私は選ぶことも望むことも拒絶することもできず、なかば引きずられるようにして、それを試み、失敗していくのだろう。


 その生のなんと素晴らしいことか。それが私の人生であるならば、私は喜んでその人生を両の手でしっかり掴みたいと思う。

 その手を開いた時、残るものが何もないとしても、私はそれにすべてを懸けたいと思うのだ。



 私は世界に愛されてきたし、私もまた世界を愛してきたように思う。

 だから私は誰かでも人間でも社会でも人類でも未来でもなく、私は私の存在を、意味を持たぬ暗闇の中に放り投げるべきだと思ったし、実際にそれを行い続けるのだろう。


 私の肉体は日に日に力を失っていく。私の精神に及ぼす強制的な反応は弱くなり、私は人間と生命から少しずつ遠ざかっていく。

 私は生きながら死んだようになっていき、私はまだ生まれていない存在、あるいは生まれる前に死んだ存在とより深く知り合うようになっていく。


 愛はどこにでもあり、価値に優劣はないのだから、私のもとには、私にふさわしいものだけが残り、それ以外のものは零れ落ちていくのだろう。

 それが惜しくないと思えるように、いつかきっとなる。

 この感情を希望と呼んでよいものか私は心に問うた。私の心は笑いながら否定して、私たちに希望はないと言った。その方がずっと私たちらしいと。

 そんなものは、今の私たちには必要のないものだと。

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