面白さという呪い
「つまるところこれは、どこまで純粋であれるかという実験でもあるんだ」
「どういう意味」
「僕の中にはまだ毒が残っている。その毒はきっと、生涯消えないだろう。だが、その毒に屈せず、まだ純粋な形を保っている『コレ』を、どこまで描けるかということなんだ」
「もっと具体的に説明して」
「ただ、自分自身のためだけに空想して、記録する。他者というものを、意識しないこと。現実の自分という存在を、可能な限り意識から消し去ること。また、作られたそれを、現実世界の自分の利益のために用いないこと」
「エアという作品はどういう立ち位置だったんだろうね。あれを書くには、ある種の開き直りが必要だったんじゃないかと私は思うけど」
「バランスがとれた作品にしたかった。でもできたものは歪で、自分という人間の弱さや欠点がむき出しになってしまった」
「そもそもさ、そういう『後の自分』の評価を気にしてしまっている時点で純粋さからはほど遠いよね」
「欲しがり過ぎたのだろうか。あるいは、欲求が足りなかったのかもしれない。僕には『書く』ということが、どういう意味を持つのかいまだに掴み取れていない。何をしても、違和感がある。今もそうだ。これにどのような価値があるだろう、と考えてしまう。僕ははじめにこれを『毒』と呼んだが、本当のところ、何が毒で、何が薬かなんて、全然わからないんだ」
「自分が読みたいものを書く、というものも言い換えれば『未来の自分の趣味に合うように書く』、あるいは『過去の自分の趣味に合わせて書く』ということを意味するわけだしね。つまるところ、もっとも身近な人のために書くのと何も変わらなくて、そこにはもう純粋さが含まれていない」
「つまるところ、『面白さ』を意識した時点で、というわけだな」
「そういう才能がある人ならいいけれど、君の場合はどれだけ『面白くしよう』としても、全部裏目になってしまうからね」
「自分が面白くないと思っているものを書いて、うまくいくわけがないんだ。そして自分が読んでいて面白いと思うものと、書いていて面白いと思うものは違う。さらに、一度読んで面白いと思ったものが、何度も読んで面白いと感じるかどうかは別だ。そもそも、だ。面白さを求めるなら、文章を読むよりもっといい方法がある」
「君は苦しんでいるね」
「もうじき夢から覚める。行けるところまで行ってみようと思う」
「どうか『面白さ』という呪いからあなたが解放されますように」