領域
「正直に言えよ。お前……生きるのが嫌になってんだろう?」
ニヤニヤした顔で近づいてくる友人。友人、ということになっているだけで、実際は互いに軽蔑し合っている。そんな関係の、藍沢。
「だから?」
「いや、別にだからどうってことはねぇよ? ただ、どんなもんなのかなって。好奇心好奇心」
「お前には説明してもわからんよ」
「いやいや、一回説明を聞いてみないことには、わからないかどうかもわからないだろう?」
そう。こいつはいつだって人の逃げ道を塞いでいく。そうして、追い詰めて、自分の思い通りに事を運ぶのが好きで、得意なのだ。
「別に。ただ、今後生きてていいことと悪いこと、どちらの総量の方が大きいか比べてみた時に、どう考えても悪いことの方が多いように思ってしまうだけだよ」
「ふぅん。そんなこと考えても仕方がないように俺は思うけどな。というか、お前自身がいいことの方に向かう努力を怠っているってだけなんじゃないか?」
「まぁ、そうかもな」
「おいおい。そうかもなって、思ってもいないことを言うんじゃないよ。お前はお前なりに頑張ってるって、本当は言いたいんだろう? でもそれが伝わらないだろうから、そうやって納得してるふりしてんだろ? 口とがらせてさ。不満たらたらなの透けて見えてるぜ」
「別に。俺自身も、自分にとって何がいいことで何が悪いことかなんてわからないし、わからないことについて努力なんてしようもないだろう?」
「おやおや、おかしいな。わからないことの総量なんて、どうやって測ったんだ? 測ってもいないのに、もしかしてどっちが多いとか決めつけて、落ち込んでるのか?」
「わからないなりに考えて、比べてるんだよ。悪いか?」
「なら、その考えて比べてるその内容について教えてくれよ。お前は具体的に、どういうことをよいこと、悪いことと考えているんだ?」
「……よいことについてはわからない。でも悪いことについてならわかる。いわれもないのにひどいことを言われたり、ひどい目にあったり。不公平な目にあったり、あるいは他者に対してそういう扱いをしてしまったり。罪を犯してしまったり、罰を受けることになったり。生きていれば、たくさんの悪いことが起こる。今まで起こってもきたし、これからも、どれだけ気を配っても避けられないことが無数にあるだろうと思う」
「お前はものごとの負の面ばっかり見ているんだな。だからそんないつも陰気臭い顔してるわけだ。まるで不幸の専門家だな、お前は。それで、お前は幸せのことは知らないが、不幸については熟知しているから、生きるのが嫌になっているわけだな? なんともまぁ、間抜けなことだな」
「何が間抜けなんだ? いや……俺だって、俺が間抜けに見えることくらいわかってるさ。でも、抜け出せないんだ」
「でも、だって。お前いつもそれだな。結局お前は逆張り野郎なだけなんだ。俺らみたいに、率直に幸せの方を向いて、そのために努力することが嫌で駄々こねてるだけだろう。みんなと一緒が嫌なんだろう? 特別な自分でいたいんだろう? だからみんなが向いている方とは逆の方に向いて、そのせいで苦しんで、生きるのが嫌だって言ってんだろ? 滑稽だなぁお前は! お前を見ていると、俺は自分の生き方に自信が湧いてくるよ。いつもありがとうな!」
「その、お前の生き方ってやつはなんなんだよ。言ってみろよ」
「ははは。それで、お前は心の中で俺の言ったことを全否定して、慰めを得るんだろ? そういう楽しみのために、お前は人生の全部を犠牲にしてるんだ! いいだろう。それくらいの娯楽がないと、生きるのつらいもんな? じゃあ言ってやるの、俺の生き方について。お前みたいにひねくれてないから、シンプルさ。人生は楽しんだもん勝ち! 他のやつのことなんてどうでもいい! 俺が楽しければいいし、他のやつらも、他の奴らで自分が楽しむために生きればいい! 楽しく生きられないやつらは馬鹿なやつらだ。生きているのに、死ぬことばっかり考えているのは、もっと馬鹿なやつらだ! なんで目の前に最高のごちそうがあって、それを食べていいって言われてるのに、我慢したり、それを食べずに捨てることばっかり考えて、食べるにしても毒が入ってないかなぁとか馬鹿な心配しながらちょびちょび食べてるんだ? 好きに食べればいいじゃないか! 人生は愉快な晩餐会みたいなものだ! お前みたいな陰気な道化も、俺にとってみれば愉快な出し物さ。どうだ? 否定したいなら、否定して見せろよ!」
「空しくならないのか?」
「空しく? どうして? 皿が空っぽならともかく、楽しむことができる料理は次から次へと運ばれてくる。もちろん、まずいものもあるにはあるが、別にそれはわきによけて、食べなくちゃいけないときは仕方なく、別のおいしくて食べ合わせのいいものと一緒に食べれば、それほど苦労なく食べられるじゃないか。そういうひとつひとつの工夫だって、俺は楽しむことができるぞ。空しさなんて、感じてる暇ないな!」
「貪欲なんだな」
「お前みたいな飢え死に寸前のガリガリ野郎からすれば、そう見えるだろうなぁ」
「別に俺はお前の生き方を否定しようとは思わねぇよ。でも俺はきっと、お前みたいに人生を味わいつくそうとはしないだろうな。それだけだ」
「それだけだ。かっこいい決め台詞だねぇ。それだけだ。はは。それだけだ」




