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無駄話

 もし君が「生物にとって、生とは、死とは、徳とは何か、より良い人生とは、善と悪の差は、人が生きる理由は、真に価値あるものは何か、追求すべきものは何か、みたいなことをいつも考えている」人間ならば、僕は君をあざ笑い、見下す。それらの問いは、あまりにも初歩的で、中身がなく、空虚で、ばかばかしいものだからだ。考えるに値しない、古い人間たちが死ぬほど楽しんできた、下品な無駄話に過ぎない。

 まず君は「人間一般は、何のために生きているのか」という問いと「私は何のために生きているのか」という問いの根本的な構造の違いを理解できているだろうか。また、「生きているのか」という問いと「生きるのか」という問いの違いの重要性を知っているだろうか。

 そういったことを区別できず「人は何のために生きるのか」なんて問いを立てて答えようとしたのなら、砂がほとんどない岩場に砂の城を立てようとする子供以上に愚かだ。

 問いには順番がある。順番を知らない人間と、対等な議論はできない。

 だが議論にどれだけの意味があるだろう、と思う。意見交換で十分だ。君が、僕の言った基準を満たしていなくても、僕の知らない発想や観点を持っている可能性は少なくないし、君はただ思っていることを言うだけで、僕を驚かせ、楽しませ、僕の考えを深めてくれるだろうから。

 君が同じ場所でずっと迷い悩んでいるなら、僕は君の代わりに考えることができる。結論を出し、君がすんなり理解できる言葉で説明することもできる。

 それをまるで、君自身が考えたかのように思い込ませることもできる。

 そんなことをして何の意味があるだろうと思ったが、案外、こうせざるを得ない場面は多いし、日常の中で何気なく使っている技能のひとつだろうと思う。皆も、無意識のうちにそうしていることがあるのではないだろうか。

 私は馬鹿だ。

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