台パアァァァァン!
その日の私はすごくイライラしていた。
授業中にもかかわらず喧騒満ちた教室。
先生は諦めているのか嫌われるのを怖がっているのか知らないけど注意しようともしない。
それが何だか無性に腹が立つ。大人のくせに。本当はムカついているくせに。
理性的な人間というなら、それらしく堂々と注意すればいい。
そうでないなら怒鳴り散らせばいい。
ああ、おなかが痛い。生理だ。もう、うんざり……。
「ぎゃひはははははははっ!」「あははははは!」「はぁぁぁぁぁはははははは!」
「はーっ! はははははは!」「がははふ、ははははは!」
――うるさい
ついに限界が来たんだろう。
私は気づくと腕を振り上げ机を思いっ切り、バン! と叩いていた。
……そして後悔した。
静まり返った教室。みんなの視線を一斉に浴び、打って変わって縮こまる私。
予想以上に大きな音を出してしまったようだ。
でも、この後の展開も私の想像を遥かに超えていた。
「付き合ってほしいんだ」
校舎裏に呼び出されたクラスメイトの男子にそう言われた私。
多分、面白いほどキョトンとした顔だっただろう。
でも彼の次の言葉は予想していなかったわけじゃない。
「明日の放課後。一緒に来て欲しい」
舐めないでよね。漫画とかドラマでこういう展開は腐るほど見てきた。
付き合うってそういうことね。危うく勘違いした痛い子になるところだった。
まあ、そもそも、彼とそういう関係になるつもりはなかったのだけれど。
中学生のくせに髪を染め、学ランのボタンは全開。
ダボっとしたズボン。不良だ。関わりたくない人種。
でも私は了承した。別に断ったら何されるか分からないのが怖かったからじゃない。
彼は授業中は静かなほう、というか寝てるから無害だし
単純に、何の用か少し興味があったからだ。
それに、もしかしたらデートかもしれないし
まあ一度くらい経験してみてもいいかもしれない。別に興味ないけど。
「ここ……?」
「うん、そう。さ、はやくはやく!」
翌日の放課後、彼に連れられたのは駅近くのゲームセンター。
ファミリー向けの雰囲気じゃなく、店の前には放置自転車やタバコの吸い殻
ゴミだらけで入るどころか近づいたこともない。
でも、だからと言って私は引き返す臆病者でもない。
彼と私は自動ドアをくぐった。
うわ。と私は思った。中は教室以上の喧騒。
どこからか漂うタバコの臭いに鼻を摘まむか、それとも耳を塞ぐか悩まされた。
クレーンゲームとかプリクラとか、そんな可愛らしいものは一切ない。
ピッタリ背中をくっつけるようにして並ぶ多分、対戦格闘ゲームの台。
暗い中でも白いその筐体が黄ばんでいるのがわかる。
ただ、何よりも嫌悪感を抱いたのはそこに座る人たち。
彼らはレバーをガチャガチャと動かし
「キィィィィイィィィ!」
「ッケンジャネーヨ!」
「フォォォォォオオウ!」
「チュウキタイガヨオオオオオ!」
「ザアアアアアアコ!」
「プギャギャギャギャギャ!」
「ハァァァァイカチィマシタァァァ!」
「驚いた?」
彼が私の耳元でそう言ったから、私はちょっと驚き、少しだけ飛び退いた。
「す、すごくうるさい場所ね」
「ああ、でも慣れれば平気だよ」
「なんか動物園みたい」
「はははっ。まあ、当たらずとも遠からずかな。さ、こっちだよ」
私は彼の背に続き、店の中を歩いた。辿り着いた場所は人だかり、その中。
卓球台ほどの大きさのテーブルが一つ。ここで何をするんだろうか。カードゲーム?
「今日は大会の日なんだ……頼む!
いきなりで悪いけど俺の代わりに出てくれないか! この通り!」
彼がポケットから手を出し、拝むように合わせ、頭を下げた。
私が驚いたのは彼のその謙った行動よりも
「その手は?」
「ああ、じつは大会のために練習してたんだけどさ、ははは、怪我しちまったんだ……」
彼は悔しそうに視線を下げた。
不覚にも可愛いと思ってしまい、断るのも悪い気がしたけど
「あの、そもそも何の――」
「あ! 対戦相手が来た! 覚悟は良いか? さ、机の前に!」
「え!? いや、ちょっと! 押さないでよ!」
と、言ったものの周りの雰囲気もあり、結局、所定の位置へ。
机を挟み、対戦相手とやらと向かい合う。
相手の自信に満ちた表情。腕組みしていて何だか腹が立った。
まるで女はお呼びじゃない、とっとと帰れと言っているようだった。
「それじゃあ……レディ……ファイ!」
人だかりの中から現れた審判らしき人がそう声を上げた。
突然の事。でもそれ以上に私が戸惑いを感じたのは対戦相手の行動だ。
バン! バン! バン!
バン! バン! バン!
バンババ、バッ、バッ、バン! ババババン!
バン! バン! バン!
バン! バン! バン!
バンババ、バッ、バッ、バン! ババババン!
繰り返し、リズムに乗せ机を叩く対戦相手。得意げな顔。高まる会場の熱気。
……いや、意味が全く分からない。
「反撃ー! 早く! このままじゃ負けるぞー!」
「いや、だから何すればいいのよ! もう!」
と、私が声を上げ、両手の平で机を叩いた時だった。
対戦相手が突然仰け反り、膝をついたのだ。
そして辺りは嘘のように静まり返った。
「マジか……」
「一撃だと……」
「あのリズムの東藤が一回戦負け?」
「あの子、何者なんだ……」
「すごい、すごいよ! やっぱり俺の見る目は間違っていなかったんだ!」
「いや、だから何の大会……って、まさか」
「ああ、説明してなかったか。ごめんごめん。これはね、台パントーナメントなんだ」
「台……パン?」
「そう、台パン。ま、主にゲーセンの格闘ゲームで負けてムカついた奴が
台を叩くことを言うんだ。君もさっき店に入って歩いていた時、見なかったか?」
「ああ、そう言えばあったような……怖かったわ。
感情を制御できない、まるで猿そのもの」
「結構辛辣なんだな……まあ、悪い事ではあるし、いいんだけど
とにかく、その台パンを競技化したって訳だ」
「……まあ、何でもありっちゃありの世の中だし
どうせ廃れそうだし、それはまあいいんだけど……え? まさか手の怪我って」
「ああ、叩きすぎた。岩相手じゃ流石にきつかったな」
「馬鹿だぁ……」
「お、次の試合が終わったみたいだ。
ああ、ほら! 次のダイパニストが来たぞ! 勝てば決勝だ! 頼んだ!」
「競技人口少な! えー、やるの? まあ、いいけどさ……」
「台パンオーケー? レッツ、パァァァン!」
審判のさっきとは違う合図に戸惑う私。
先に動いたのはまたしても相手のほうだった。
バババババババババン!
バババババババババン!
バババババババババン!
「さすが連打の西崎だ!」
「台が動いてやがるぜ!」
「ここは工事現場かぁ!?」
「ヒョオオオウ! マシンガンだ! これは決まったかぁ!?」
バババババババババババババン!
バババババババババババババン!
バババババババババババババン!
「あーもう、うるさい!」
「あぶばばばばばば!」
私がテーブルを叩くと相手はまた、まるでおなかを殴られたかのように
仰け反り、そして崩れ落ちた。
「す、すげえ……」
「また一撃かよ」
「あいつ、まだ痙攣してるぞ」
「まさか、優勝しちまうのか?」
「いや、私、優勝なんて興味が――」
「すごい! すごいよ!」
彼が近寄り、私の手をぎゅっと握った。
でもすぐ、ハッとした表情をすると手を離した。
何だか可愛らしい反応。もしかしたら素は不良じゃないのかもしれない。
彼は取り繕うように咳払いした後、言った。
「そ、それで、次は決勝だけど勝算はあるのか?」
「いや、ないけど」
「おいおい、弱気になるなよ……」
「いや、そうじゃなくて、そもそもなんで勝ったのかもわからないし。
なんで崩れ落ちたの? メンタルが弱いの?」
「いや、そりゃあんな衝撃波を面と向かって食らったらそうなるさ」
「衝撃波って、台を叩いただけなのに」
「まあ、まだ覚醒していないようだがな」
「がっはっは、しかし逸材だ!」
「うむ、いい台パンをしておるわい」
「ふふ、若い頃の私そっくりね」
「……フン」
「誰よ!? 有識者!? ゾロゾロと近寄らないで!」
「あ、次だ! さあ、行って!」
変な事ばかりの異様な空間だけど、まあ、これで終わりね。
負けるにしろ勝つにしろさっさと終わらせましょう……。
「ゴオオォォォ……台パン!」
もしや審判、掛け声決まってないのかな? と、また出遅れ――
え?
動いてない?
「両者睨み合いか……」
「当然だな! 実力者同士の戦いだ!」
「すでにあの二人の間で千のやり取りをしていることじゃろうな」
「若い頃の私によく似てるわぁ」
「……フゥン」
いや、別に何もしてないけど。
ああ、もう面倒だ。
さっさとやっちゃおう。それ!
……え?
何、今の、衝撃、頭が、体が……ふらつく!?
これ、相手の仕業?
これが真のダイパニストなの?
これまでのはただ相手がクソ雑魚過ぎただけ?
「か、カウンターだ!」
「さすがカウンターの北野!」
「普段はバーのボーイをやってるだけあって機微に聡いぜ!」
「いけー! 南ー!」
彼が私の名前を叫んでいる……、。
頑張らないと……か?
「頑張れー! パワータイプ! 脳筋! ゴリラ―!」
いやゴリラって……この!
「おお! 北野! 今度は受け流した!」
「技の種類が豊富だぜ北野!」
「音だ! 北野は音で波の性質を見極め、相性のいいのを当てているんだ!」
「ゴリラの南もここまでか!?」
だから、ゴリラを……定着させるなっての! はぁ!
……あ、また。嫌だ、血? あ、鼻血、私の?
「あれじゃ無駄撃ちだ」
「勝負あったか!?」
「己を解き放たなければ勝てんよ」
「ほーんと昔の私そっくり」
「フンフン……」
「南ー! 勝てー! ゴリー!」
「う、うくううう、ぜんいん、うるさあああぁぁぁい!」
「な! 音がしな、ごぴゅあ!」
あ、倒し……た?
「すごい、すごいよ南! 音を置き去りにするなんて、ホントすごいよ!」
駆け寄った彼が私の手を握りぴょんぴょん跳ねる。
手がヒリヒリしてすごく痛かったけど私も握り返し、呆れたように笑った。
と、その後、月日が流れ、あのゾロゾロといた台パンの四天王と戦ったり
全国大会に足を踏み入れたりと色々あったけど割愛。
現在はあの彼と結婚し、幸せな生活。
ずっとついてきてくれたからね。多分、これからもそう。
まあ、時々喧嘩もするけど問題ない。
だって
「だからよぉ! お前、いい加減に、う、よ、よせ――ああああああ!」
リビングのテーブルを叩けばこの通り。いつものパターン。
彼は四、五メートル後ろに吹っ飛び、壁に激突。そして床の上に崩れ落ちるの。
「フォオオオオウ! ウンダベンダベェ! アアアアァァァイ! ザッキョォォォスゥ!」
あー、自分を解放するって、ホントいい気分……。