お刺身を食べようとすると、タンポポをくわえたお姉さんがやって来ます
金曜日、仕事が終わると決まって近所のスーパーへと向かう。
どんなに辛い仕事だろうが、この後の宴を思えばなんてことは無い。
今日はマグロとサーモン。
しかも値引きシールで二割引きの超お買い得品!
ウキウキで家に帰り、シャワーを済ませ買った刺身を切ってゆく。
醤油とワサビは少しだけお高いやつを使っている。ちょっとした贅沢だ。
テーブルの上が華やかになったところで箸を取り、まずはマグロから──
──シュッ!
「あぶねっ!!」
刺身皿のすぐ脇に、タンポポの花が突き刺さった。
まるでキザったるい薔薇のように、見事にテーブルにピンと突き刺さっている。
「……誰だ!?」
タンポポが飛んできた方向を向くと、腕を組みこっちを睨む女が居た。
シルクハットをかぶり、8の字を横にしたマーブルチョコに輪ゴムを通したメガネをかけ、口にはタンポポをくわえている。市指定のゴミ袋のマントを着け、まるで子どもの変装のような、珍妙な格好がそこにはあった。
セミロングの髪とスカートが見えたので女だろうが、これで男だったらもう何が何だか分からない。
「私だ」
「すみません、存じ上げませんが……」
「……なに?」
(声的にも)女がくわえていたタンポポを投げた。タンポポは壁にあったダーツ盤の20トリプルに刺さり、ピンと横に伸びている。タンポポの白い汁が着くので、出来ることならちゃんとダーツでやって欲しい。
「私だ」
「すみません、ヒント下さい」
「……なに?」
女がプチッとメガネにしていたマーブルチョコを一つ押し出し、口にした。
「ふん」
再び腕を組み、スカートのポケットからタンポポを取り出しくわえる。つまるところノーヒントらしい。
「……」
段々面倒になってきたのと、刺身が生温くなってきてないか心配になってきたので、大家さんに電話をかける。不審者にお帰り頂くために。
──プルルルル
女の方から着信音が鳴った。女は俺と目が合ったまま、ゆっくりとスカートのポケットからスマホを取り出し、耳へと当てた。
「……はい」
「すみません、102の田中です。今部屋に不審者が……」
「私だ」
「ですよね」
謎が一つ解けた。目の前に居る不審者は大家だ。
そして次なる謎だ。大家をどうするか。
「大家さん、今何してます?」
目の前に居る大家と、見つめ合いながら電話越しに会話を続ける。
「刺身を食おうとしている奴を見かけたから、何とかしてご相伴に預かれないかと思って挑戦している」
「上手くいくといいですね」
「ウチに酒は腐るほどあるのだが、君はどんなお酒が好きだい?」
「あー、すみません俺酒飲めないんですよ」
「……人生の半分を損してるね、それは」
「因みに煙草も吸わないです」
「……人生の半分を損してるね」
「ギャンブルもやりませんよ?」
「……人生の大半を損してるね」
「そのぶん、女好きです」
「そりゃ結構だ」
「特にタンポポを咥えた変な人が大好きです」
「君は周りから変わってるって言われないかい?」
「良く言われます。今からその人を食事に誘おうと思うのですが、なんて言えば効果的か知りませんか?」
「言葉はいらないさ。そっと手を伸ばせばいい」
「分かりました……」
電話を切り、しばし見つめ合う。
そして刺身皿を手に、そっと腕を伸ばした。
「一緒にいかがですか?」
「……」
──バッ!!
「刺身は頂いた!!」
刺身皿を大家に引ったくられた。
「さらばだー! フハハハハ!!」
「だっ、待てこら! 大家! コラァ!!」
大家はふざけた格好のまま、夜の闇へと消えていった。
「……」
仕方ないのでもう一度スーパーへ向かう。
途中、パトカーに職質される大家を見付けたが、無視してやった。