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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チョコレートは彼女の味。

作者: 睡眠羊子



私は高校3年生白鳥ゆり。

身長175センチ。

女子校でバレー部だ。

髪はずっと前下がりのショートボブ。

顔立ちは切長の一重で、鼻は高く、唇は薄く小さい。

男顔で自分の顔は嫌いだ。

毎年、バレンタインはうんざりしている。

彼女たちの男役をやらされ、

彼女たちに夢を与えなければならない。

今年も好きでもないチョコレートを山ほど渡されて

甘ったるい匂いにむかつきながら帰り道を急いでいた。

早くこの荷物を手放したいからだ。

玄関先に知らない制服を着た女の子がいた。

その子は白雪と名乗った。名前通り雪のように白い肌。

烏の濡れ羽色のような艶のある長い黒髪。

厚めの前髪の下には黒目がちな潤んだ瞳。

二重瞼に長い睫毛。

鼻筋が通っている。

花のつぼみのような唇。

私の周りにはいない憂いを秘めた雰囲気の子だった。

唇はほんのりと赤いが、長く細い首と指先まで青白く

あまり健康状態は良くなさそうだが、

私はこんな女の子になりたかった。

丈夫で大きな体、日焼けした肌、筋肉質な太い手足。

何もかもが嫌いだ。

華奢な彼女のような女の子になりたかった。


「口に合わないかもしれませんが」

小さな地味な箱を渡された。

箱を渡すと逃げるように彼女は去った。

中には4個の手作りらしきトリィフチョコレート。

お酒の風味が強く変わった味がした。

その晩、夢を見た。

彼女が窓の外から私を見ている。

「体に合ったようですね」

微笑む彼女の口から牙が見えた。


変な夢を見たせいか盛大にベッドから落ち顔を強打した。

鏡を見ると落ちた衝撃で八重歯が折れた。

間抜けな顔。

いつもより不細工で笑える。

窓のカーテンを開けると日差しが当たった腕の皮膚が焼けただれた。

慌ててカーテンを閉めて

腕を見るとなんともなっていない。

どうしたのか、

私は今まで一度も風邪をひいたことがないが

熱でもあるのか。

部屋から出て階段を下りると朝食の匂いがして

吐き気がした。

やはり具合が悪いのだ。

母に一言、今日は休むから。

と言って部屋にこもった。

ドアを閉めた向こう側から

チョコレートの食べ過ぎかしら?モテる男は大変ね。

と揶揄う母の声がはっきり聞こえた。

ベッドに再び戻りうとうとしていたらすっかり外は夕日が落ちていた。

ずっと寝ていてもだるくなるだけかな、とジャージを着てランニングに出かけた。

眠ったおかげなのかいつもより体が軽く早く走れる。

息は全くあがらない。

気がつけば知らない町にいた。

そして目の前には白雪がいた。

彼女は音もなく近づき私の顔をじっと見つめ、

私の頬を撫でる。

「まだ完全には覚醒していないのね。歯が生えていないなんて血が足りなかったかしら」

なんのことかさっぱり分からなかった。

「私ね、吸血鬼なの。私はあなたのこと一目で気に入って

私の血をチョコレートに混ぜて食べさせた」

つまらない冗談。笑えない。

「信じられない?でも太陽の光を浴びて火傷しなかった?

すぐに治ったでしょうけど、全身浴びたら灰になるからね。

もう人間が食べるものは食べれないからね。

お腹空いたでしょう?昨日より多く入れといたからね。


口にトリィフチョコレートを入れられた。

今までに食べたことがない美味しさだ。


とりあえず6個作ったけど、一気に食べない方がいいからね。

無くなったらあとは自分で調達しなさい。


彼女は背中を向けた。

黒い髪が伸びて彼女の体を包み込み、

髪が大きく波打つ

髪が大きく広がったと思ったらそれは黒い翼で

彼女は大きな蝙蝠に体を変えて飛び去った。

目の前で起きたことがまだ理解出来ない。

ぼんやりした頭で家に帰りシャワーを浴びながら鏡を見ると

そこには何もうつらない。

私はいるのに鏡には私がうつらない。

自分の体をまじまじと見つめる。

あんなに日焼けしていた肌は彼女のように白く

剛毛だった髪はサラサラだし、

口を触ると犬歯が生えていた。


翌朝は雨だった。

学校に行くと

クラスメイトが私を見てギョッとする。

「どうしたの?イメチェン?すごく似合ってるけど

そのカラコンは先生に注意されるよ。」


私どう見える?


「どうって。明るめのファンデーション付けてるんでしょう?

髪はストパー。赤いカラコンは目立ち過ぎ!でもかっこいい!」


そうなんだ。そう見えるんだ。


「ビジュアル系もいいよね〜」


クラスメイトの首に目が行く。

なんだか無性に唾液が出てくる。


その子が言った通り私は先生に呼び出しされた。


「何か悩みがあるんだろ?今すぐには言わなくてもいいし、そのカラコンだけ外してくれたらいいから。

君はいつも真面目で優秀だから何かしらストレスがあるんだろう。

お母さんには黙ってるからね。

しばらくは保健室登校にしてみるか?」


何も言ってないのに話を勝手にまとめてくれた。


「バレーの顧問の先生も心配してるからあとで体育館に行ってあげなさい」


最悪だ。

あのセクハラじじいには会いたくない。

バレー部の女の子たちにやたら触りニヤニヤして

気持ち悪い奴だ。

あんな野郎に心配されるだけで気持ち悪い。


体育館に行くと顧問の竹田がいた。

身長180センチ髪は海苔みたいにベタベタしている。いつもあぶら汗まみれで臭く。顔は2回車で轢いたような潰れた鼻、目はギョロついて魚みたいで、口はいつも半開きでカサカサに向けた唇の皮が気持ち悪いし、それを指でよくいじっているのがさらに気持ち悪い。

鍛え上げた黒光りする体が自慢なのか、季節関係なくいつもタンクトップだ。


ねとついた声で竹田が話しかけてきた。

体育館には私と竹田しかいない。

「いったいどうしたんだ?

そんな変な格好をしなくても美人さんじゃないか。

何か嫌なことでもあったのか?言ってごらん。

いま、嫌なことされてます。

気持ち悪いセクハラじじいが近くにいて臭くて吐き気します。

その筋肉が生理的に無理です。

油まみれの黒い肌がゴキブリみたいで無理です。


頭で考えていただけのつもりが口に出していた。


「なんだって?今までそんな風に思ってたのか?

こんなに目をかけてやったのに恩知らずが!」

真っ赤になり、竹田は腕を上げて殴ろうとした。

その腕を軽く叩いただけだったのに、

竹田の腕は逆方向に曲がっていた。

「ぎゃぁぁぁ。殺される!痛い!痛い!痛い!」

うるさい!

私は竹田の横顔を叩いた。

力はほとんど入れていないのに竹田の首は曲がり

ぐんにゃりとゴム人形みたいな首になり、

肉のかたまりが床に転がった。


どうしよう。どうして?

なぜ?殺した?私が?


外の雨が強くなってきた。

怖い。私はどうなってしまったのか。

泣きながら膝をついていると気配も無く目の前に白雪が立っていた。

「ばかね。

力のコントロール全く出来てないじゃない。

スポーツしてるんだからそうゆうの

感覚でわかんないかな?

これは私が処分しておくから。」

冷たく彼女は鼻で笑い、体育館の窓が割れて大量の蝙蝠が入ってきた。

蝙蝠は竹田に群がると血を全て吸い取った。

カサカサの枯れ葉みたいになった竹田に

白雪かフッと息をかけると燃えて無くなった。


「同じことはもうしないようにね。

力のコントロールが出来ないならしばらく学校には来ないこと。

その赤い目、集中すれば戻るから。

鏡もそう。見えるって思えばうつるから。

夜は長いし、あなたには才能を感じる。

すぐに覚えられる。」


彼女はまた巨大な蝙蝠に姿を変えて小さな蝙蝠たちと飛び去った。

私は雨に濡れたまま家に帰りシャワーを浴びる。

映らない鏡をじっと見て目を瞑り深くゆっくり深呼吸をして再び目を開けた。

そこには知らない私がいた。

血の気がない白い肌に昨日よりも伸びているサラサラの黒髪、

赤くギラついた獣みたいな瞳。

これが、私か。

目に集中する。

赤い目がじわじわと黒く濁り黒い瞳に戻る。

朝になり、母が部屋に慌てて入って来た。

「大変よ!あなたの学校!バレー部の顧問の竹田先生が行方不明で!」


どうしよう。私が殺した。遺体は白雪が片付けてくれたけど

私は疑われるに違いない。


母はまだ話している

「それで先生たちで竹田先生のアパートに行って

管理人に頼んで部屋に入れてもらったんだけど

あの人、変質者!バレー部の更衣室やトイレにカメラ付けて隠し撮りしていたそうよ。

パソコンから大量の盗撮動画が出てきたって。

前からあの竹田先生、生徒がセクハラされたってクレーム

多かったじゃない。

バレそうだと思って逃げたのよ。

ゆり、いままでいろいろ我慢していたんでしょう?

だからね、私はゆりが外見を変えたことについては

理由があるからなんだろうとは思ったの。

でも、そんなあの顧問が変態くそ野郎って気付かずに

ごめんね。」

母よ。くそ野郎ってサラッと言ったね。

「母さん、大丈夫。ありがとう。」


母は涙を流しながら抱きしめてきた。


「体、冷えてるわね。大丈夫かしら。ショックで体調悪くなるわよね?

それでしばらく学校は休校になるそうだから、

ゆっくり休みなさい」


私にとって都合の良いことばかりだ。

私はそれから毎晩、夜中に窓から外に出て

吸血鬼としての訓練を重ねた。

なかなか人間に噛み付くことは出来ず

白雪は初めはトリィフチョコレートを作ってくれていたけれど

「これ、かなり手間かかるし、

本来は自分で獲物を取れないといけないのに

甘やかしちゃったみたいね。今日からこれね。」

と輸液パックに入った血を渡された。

「これ?そのまま飲めっていうの?」

いくらなんでもいきなり血をそのままなんて飲めない。

ため息をつく白雪。

「言ったじゃない。獲物は自分で調達しなさいって、

好き嫌いしないで適当に食べなさい。

ちょっとだけ吸う分には相手は死なないから。

これも、そんなには渡せないからね。」

人を勝手に吸血鬼にしたのにずいぶん無責任だ。

私は家に帰り、台所でグラスにワインのように血を注いだ。

どろりとした赤黒い液体。

喉が渇いている。口から唾液が溢れそうだ。

一気に飲み干す。

頭がくらくらするほど美味しい。

チョコレートで食べるよりも美味しかった。


白雪にバカにされたままで悔しかった。

早く自分で食事ができるようにしないと。


ある晩、ジョギングしていたらクラスメイトの子からメッセージが来た。

その子はバレンタインにチョコレートを渡してきたひとりで

話すのは初めてで連絡先を聞かれたから教えたが

一度もやりとりは無く、ましてや同じクラスになって三年間

挨拶すらしたことがない。

「引っ越すことになりました。最後に一度会いたいです。」

このメッセージはきっと最初で最後になるのだろう。

「いま、ジョギングしてるから家に向かうよ。住所教えて。」

すぐに住所のメッセージが返ってきた。

私は夜の道を風のように走り彼女の家に行った。

家の前に彼女は立っていた。

こんなに可愛い子だったかな?

小動物のようだ。

ゆるいパーマヘアは肩まであり、染めているのか天然か分からないがやや茶色。

小さな目で垂れ目。鼻ぺちゃだけど愛くるしい顔だ。

お風呂上がりなのかまだ少し髪が濡れている。

ムスクの甘い香りがする。

寒いのかずいぶん服を着込んでいる。

私にはいま寒いのか暑いのか分からないけど

そういえばまだ冬だった。

私が声をかけると驚いていた。

「こんな早く着くなんて。それに本当に来てくれるなんて!」

彼女は涙ぐんでいた。

私は彼女を抱き寄せ、

首筋に歯を立てた。

彼女は猫のような声をあげてうっとり目を閉じた。

頭に声が聞こえてきた

「もうやめないと彼女死ぬわよ」

ハッとして首から離れた。

彼女はぐったりと倒れそうになると

白雪が支えていた。

「バカね。顔見知りを噛むなんて。

この子は少し催眠術をかけて部屋に戻してくる。

今なら貧血で済むくらいだけど

ほんの少し止めるのが遅かったら

彼女の心臓は止まっていたでしょうね。

次からは知らない子にしなさい。

やっぱり汚れていない血が1番美味しいでしょうけど

美味しすぎると飲み過ぎてしまうから

気をつけなさいね。」

白雪は初めて会った時と比べてずいぶん大人びた話し方をする。

そう言ったら

ケラケラと口を開けて笑いながら

「当たり前じゃない。

いったい私が何年生きてると思うのかしら。

私からすればあなたはまだ生まれてまもない赤ん坊。

私は何度も戦争を生き延びてきた。

目の前で飢餓に苦しみ死ぬ人たちを見てきた。

食べるわけでもないのに人間が人間を殺す。

人間のせいで絶滅した動物、植物。

自分たちで壊した地球を守ろうと言う人たち。

ひどく弱いくせに自分達人間がピラミッドの頂点にいると思っている。

人間なんてほんとくだらない。

でも、面白い。」

白雪は遠くを見ていた。私とは目が合わない。はるか遠くを見ていた。

「もう、大丈夫でしょう?

私はここにはもう来ない。

あとはひとりで何とかしなさいね。」


私は叫ぶ

「そんか勝手に吸血鬼にしたのに私を置いてくの?

連れて行ってくれないの?

もう会えないの?」

白雪は寂しそうに微笑み。

「長く生きていればまたいつか会えるかもね」

私の唇の横に冷たく柔らかな唇が触れた。

そして蝙蝠に姿を変え白雪は夜空に飛んでいった。


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