茨木童子の甘い生活
「う~よい匂い!」
熱いオーブン釜から漂ってくる甘い香りに笑顔が漏れた。
前世名、茨木童子。現世名エミリア。敬愛する主の右腕だと自負している脳筋娘だが、姫曰く、考えていないようで、本当はよく考えてる良い子らしい。
前世時代から甘味に弱く、あんこと和三盆を与えておけば御機嫌だったが、この世界に来て、お菓子を自分で作ると言うことに嵌まってしまった。お菓子のために姫の元を離れ修行の旅に出掛けた程だった。
「エミリアさん、朝摘みのやまいちご、ここに置いておきますね。」
ロイヒシュタイン公爵家の下働きの少年が厨房に入ってきて声をかけた。
「ビクトル、ありがとう!」
朝日が昇る頃に朝露で煌めくやまいちごは、一番美味しいのだと料理長が教えてくれた。ロイヒシュタイン公爵家の裏にある森は、恐らくは姫の力で実り多い森になった。ゴブリンの件があったものの当時のことを知っている者は少なく、彼らは森には近寄らない。ビクトルは新参者だが、森に入る仕事は少々給金が上がるので、ゴブリンのことを聞いても彼は背に腹はかえられぬとばかりにお使いをこなす。
「ご飯時まで、休んでて。」
朝食に付けるスイーツに、やまいちごのババロアを考えているエミリアは、ババロアの土台になるスポンジが焼き上がるのを待っていた。
本当ならやまいちごも自分で収穫すればよいのだが、ビクトルの事情も考慮し、収穫以外の仕事を優先させた。
「な~ん、」
足元から猫の声。
「おはよう、熊々。アイスクリン作って。毛入れたら、半殺すから、真面目にしてね。」
「な~。」
この世界には、自分達のように違う世界からやって来た落人なる者達がいて、彼らは各国に色々な文献が残した。エミリアは修行で他国や地域に行く度にスイーツに文献に目を通し、アイスクリンの記述に注目した。
この世界には氷室がない。しかし、氷魔術の秘められた魔石を用いて食物等を冷して保存する技術があった。
エミリアの記憶では、氷魔石は上流貴族や裕福な庶民しか買えないとても高価で希少なものだった。しかし、氷魔術を使える者がいれば楽勝だとエミリアは思ったものだったが、その氷魔術、使える者がとても少なく、使えても魔石に氷魔術の陣を刻むのがやっとらしい。エミリアは火属性の魔力が得意で正反対の氷魔法は苦手(手の周囲をひんやりさせる程度)で相性が悪い。屋敷の中で一番氷魔法を使いこなせるのは、敬愛する姫だ。しかし、こんなことで姫の手を煩わせたくない。かといって、アルフォンスやヨアンナには頼りたくない。と言うか、料理系のことは自分の領域だと思っているし、本当なら紅茶だって、自分が淹れたいのだ。しかし、アルフォンスが紅茶担当に先に名乗り出た。屋敷では姫のことに関しては、早い者勝ちなのだ。最近になって、どうしても自分の作ったスイーツに合う紅茶を淹れたくて、下げたくもない頭を下げてアルフォンスに紅茶について教えを乞うている。代わりにアルフォンスにはパン作りを教えていた。普通の使用人も多くいる中で仲間に氷魔法をバンバン使わせる訳にもいかなかったが、得意な者がいた。それが前世名、熊童子。現世名『熊々』である。大型の猫が二本足で歩き、自分の背丈ほどもある棒をかき混ぜている姿は目立つと思うのだが、早朝の料理人が起きてくる前なら良いだろうと考えている。何より愛玩動物ポジだけで収まるのは彼らにゃんこズにとっては、不本意なことだった。もちろん、愛玩で良いと考える猫もいるが。
とにかく、姫が幸せに笑っていれば、屋敷は平和だとエミリアは思う。
「さて、皆が起きてくる前にケーキを盛り付けるよ!熊々!」
「な~!」
こうして、エミリアの甘い生活は始まるのだ。
ちょっも、訳わからん感じになったな。と、反省。