酒呑童子と宵闇の無能姫
8。
その後、人事部の応接間に、私の上司と人事部主任であるジェイコブ・アンダーソンが呼び出された。
彼等はそれぞれ子爵位と伯爵位の出だった。爵位を継ぐことは出来ない身ではあるが王城に勤めていると言うことでギリギリ実家の名を名乗ることが許されていた。
呼び出されたのが不本意だったのが顔に現れていたがクロノス様がソファで圧を飛ばしているのを見るや否や顔色が優れなくなった。
特に休日だったアンダーソンは文句を言いながらの登場だったため、クロノス様の姿を目にした途端凍り付いたように固まった。
「俺は、氷属性は苦手だ。何を固まっている、さっさと席に付け。」
唸るような声に30センチほど飛び上がったのは、ちょっと笑えた。
人事部責任者であるミラブル伯爵が、私の大穴駐屯地任命書を二人に見せる。
「この任命書に私は覚えがないのだが?」
そう尋ねるミラブル伯爵に上司がアンダーソンを見る。
「大穴駐屯地への派遣はデリケートな事案で軍部との話し合いが必須の事案だ。今回の派遣にパルクール伯爵令嬢の名前は上がっていない!それなのに、どういうことだ?」
派遣を決める会議の議事録を広げるミラブル伯爵。
「しかも、令嬢の派遣には厳正なる審査、本人の意志、親族2名以上の了承、学生なら学園長、社会人なら上司のサインが必要だ。それが、貴族令嬢ともなれば、陛下の許可も必要なことを……アンダーソン君、君は知らない筈はない。」
伯爵の言葉に上司が反論する。
「まっ、待ってください!こいつは、平民です!それに呪われてるから、職場の上司である俺と人事部の主任以上のサインがあれば問題ないって聞いてます!」
言い終わった後でクロノス様からの圧が強まった。
「その浅はかな知識は誰に聞いたのだ?大穴からの魔素が人体、特に女性に与える悪影響を知らない国民はいないはずだ。アンダーソン君、まさか、君も同じ意見だなどと言わないだろうな。」
上司の言葉にアンダーソンは脂汗を掻いている。
「そ、その女は、シーネズ伯爵から除籍された呪い持ちで、パ、パルクールを名乗っているが、結界魔石の装置が出来て家の役に立てるのに伯爵家への復権を拒んだ、扱いの権利はシーネズ伯爵家にあるのに、逆らい勝手に王城に勤めるようになった恥さらしだから、懲らしめる必要があると、シーネズ伯爵家は我がアンダーソン家とは親戚で、伯爵は父と違い財務省に勤める副大臣だ。逆らう訳にはいかなかったし、呪われている女なら、大穴の魔素は影響を受けないと聞きました。」
「その間違った知識を信じたのかね……。」
大きなため息が漏れる。
「だから、任命書を偽造したのか。言っておくが、パルクール家は、我がティガー公爵家の分家筋の伯爵家だ。ルチアとの養子縁組は随分前に陛下の許可を持って行った正式なもので、シーネズ伯爵は、ルチアを除籍して、貧民街に棄てた。彼女の成人の儀もパルクール伯爵令嬢として、我が公爵家で行った。ナディア側妃からの言葉も貰った正式なものだ。シーネズ伯爵には何の権限もない。それに、お前……、ルチアに防御結界の魔術符を渡さなかったそうだな。」
上司が今度は固まった。
「大穴に派遣される者には、結界魔石の付いた飾りと魔術符が支給される。それは、国が決めた法に則っていることだ。ルチアは技術開発部に掛け合い、自ら魔術符を用意したと聞いた。支給されるはずの結界魔石と魔術符をどうした?横領したのか?」
魔術符も魔石もお金になる。
「し、知らないっ!そんなものは、初めからなかった!」
ミラブル伯爵が額を押さえた。
「なるほど、違法な手段での任命だからな、支給されるはずもないと。……入れ!」
クロノス様の命令で城内の警備を行う騎士が入ってきた。
「こいつらを捕縛、沙汰があるまで地下牢にでも入れておけ。」
上司とアンダーソンが言葉もなく連れていかれた。
「ミラブル伯爵、貴方の監督不行き届きも問われると心されよ。」
伯爵が頭を下げる。
立ち上がるクロノス様が手を差し出す。
「ルチア、行くぞ。」
手を取ると、引き上げられた。
歩くクロノス様からは、苛立ちを感じた。
「ルチア、お前はもう少し自分の両親や、俺を頼れ。大穴の知識が無い訳ではないだろう?」
「……はい。」
繋がれた手に力が込められた。
「シーネズ伯爵家からの妨害行為は度を越していると報告は受けていた。だがルチアからの言葉を待ちたいと叔父上が言ってさ、俺がしゃしゃり出ると度を越しそうだから我慢しろと親父にもいわれてたんだ。」
私は、自分勝手だった。あんなに愛情を向けてくれてる両親に心配をかけてしまった。
「俺は、クロノスの魂にルチアを愛すると誓った。だが、俺もクロノスも複雑な思考回路は持ち合わせてねぇ。だから、難しいことを俺にさせるな。」
クロノス様の言葉は一部意味不明だった。




