はじまりの話
一千年前、竜と人間の戦いがあった。
人間は精霊の力を借りて戦った。
精霊とは世界の守護者。秩序。世界そのもの。
地球は人間に味方した。
圧倒的な力を誇る竜であっても、地球そのものから見れば幼子同然。
その時点で竜に勝利などありはしなかった。
かくして竜の敗北といえ形で戦いは終わりを迎える。
世界の支配者が竜から人間に変わった瞬間だった。
それから一千年。
人々は平穏な日々を過ごしていた。
しかし人々は知らなかった。
竜達は死に絶えたのでは無く、精霊によって地下に封印されただけだということを。
そして、彼ら、竜達は復活の時を、今か今かと、待っているということを。
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過去の戦いから一千年。
人々は平穏な日々を過ごしていた。
人間同士で戦争もあったがここ50年ほど前に和平交渉が行われ、戦争を無くなった。
パブロの家系は代々王家の騎士だった。
そのためパブロもまた騎士の道を歩むことになっていた。
この平和な時代、「騎士」という価値も少しずつ変わっていった。
騎士が最高の花形職業であるとは言えない、という考えを持つ者も徐々に増えてきていた。
パブロもまたそういった考えの持ち主であった。
しかしながら家系のことを考えると自分の考えを表立って貫き通すというのは家族との摩擦を生むのは明白だった。
そのため、今、パブロは騎士になるため修行に励んでいる。
(しかし、なかなかうまくいかないものだ。)
(自分には向いていない。)
(僕は本当は紙芝居を作りたいんだ)
パブロは幼い頃、父親に連れられ訪れた街で出会った紙芝居に強く惹かれていた。
単純にそれを見て面白く、好きだったのもあるが、パブロはいつしかそれを自分で作ってみたい、と思うようになっていた。
(、、、でも紙芝居屋になりたい、なんて言ったら母さんは卒倒しそうだな、、、)
自分の夢を押し通して母を卒倒させるわけにはいかない。
まずはしっかりと騎士になり、母を安心させてから、暇を見つけて少しずつコツコツと作り上げて、、、、
なんて事を考えながら剣を振るう。
パブロの今の立場は騎士見習い。騎士学校を何とか卒業して、今、この城で正式な騎士になるためもがいている最中だ。
騎士にはゴールド、シルバー、ブロンズの3種類のランクがあって、今パブロが目指しているのは一番下のブロンズナイトだ。
それさえも、パブロはなれずにいた。
(もう三年目、、、兄はもうゴールドナイトになろうとしているというのに、、、)
「パブロ、団長が呼んでるぞ」
「あ、はい。分かりました。」
なんだろう?流石にこの体たらくを叱りつけられるのだろうか?それとも引導を渡されるのか。
パブロは恐る恐る団長室に足を向け歩き出した。
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実を言うと騎士団長というのは父に他ならない。
父はこの城で最高の騎士として君臨している。そして二つ上の兄はもうゴールドナイトになろうとしている。
それなのに、自分は、、、、
この家系で自分だけが、劣等生だった。
「ノースグレイブへ行け。」
部屋に入るやいなや、騎士団長、、、父は、一言だけそう告げた。
ノースグレイブというのはここから遥か北に位置する辺境の地だ。
極寒の地で、鉄が少々採れるという以外何も無い。戦地になった事は歴史上無く、盗賊さえもいない。
そんな地に行って、騎士として何をすれば良いのか。
「、、、はい。分かりました。」
そこに異論など挟む余地は無い。
言われた事には従う他ない。
「では、失礼します」
頭を下げて部屋を出る。
その間、父と目が合う事はついぞ無かった。
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そして三年の月日が流れた、ある日
「災厄?」
「はい、間違いありません。」
「城の守りを固める様進言致します」
王は予言者の言を聞いていた。
「、、、、、、、。」
「分かった、全ての騎士を呼び寄せよう」
王の言葉に周囲がざわついた。
「まさか、そこまですることは、、、」
「いや、それは英断なのでは」
「しかし、前代未聞な、、、」
かくして、世界に散らばる全ての騎士達へ招集命令が下されたのであった。
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久しぶりの故郷だ。
パブロは長距離馬車の中で一人思案にふけっていた。
久しぶりの故郷に心高鳴る反面、自分のこの3年間の成果の無さを考えると帰りたくないという気持ちも同時に存在した。
一応、三年の時を経て最低限のブロンズナイトには昇格することが出来た。
しかしそこに至るまで二つ上の兄と比べ10年ほど遅れている。
だからその昇格は父や兄からすれば評価に値しない、きっとマイナス評価だろう。自分の存在は家の面汚しくらいに思っている事だろう。
(でもこれで辞める理由になるかな)
あまり喜ばしい事では無いが、これは才能の無さの証明と言えるだろう。
これだけやって、この位置なのだ。
兄達と自分の差は努力の無さではなく、才能の差というものだろう。
(長かったな、、、、)
気持ちは沈んでいるが、何故かすっきりした気分でもあった。
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この国の中央部に、城のある位置からそう離れていない場所に広大な森が広がっていた。
その森の奥地には深い谷があり、そこは人々から「地獄への入口」「死者の谷」などと呼ばれていた。
その森はいたって普通の森なのだが、その谷に近づくと雰囲気が一変する。
足場はぬかるんで不安定で、太陽の光が届かなくなり、そこだけ夜になった様な暗さ、いつしか方向感覚が無くなり、さらには変質したどう猛な動物が辺りをうろついているという有り様。
そのためそこへ近づいた者、迷い込んだ者が帰らぬ人となる事が続出。
いつしか人の寄りつかぬ場所となっていた。
「なつかしいな」
普通の人は立ち入らない森だが騎士団の人間達にとっては馴染みと場所だった。
何故ならその奥地に出現する変質した動物は剣術の腕を試すのに丁度良かったため騎士団の人間達にとって恰好の修行の場となっていたからだ。
しかし耳にタコができるくらい言われたのが奥に行ってはいけない、谷に近づいてはいけない、というものだった。
「実際何度か危なかったからな、、、」
過去の辛かった修行を思い出しながら苦笑いをする。
「でも、今ならどこまで行けるかな、、、」
騎士を辞めようとしているにも関わらず力試しをしたいなんてちょっとでも考えた自分を自嘲しながら、ふと思い出すことがあった。
「そういえば竜を見たってのは本当だったのかな?」
そんな噂が出回った事があった。
竜といえば遥か昔地球を支配していた存在だ。
生き残りがいてもおかしくはない、なんて思う。
だが。
結局のところ誰も見つける事は出来なかった。
だからそこ噂はウソだった、という事で事態は落ち着いたのだった。
けれど、自分はその噂をウソだとは思っていない。
何故なら、子供の頃、、、
父さんに連れられて、、この森に、
微かに、記憶にある、、、
あの光景、、、
あれは、、、、
「あれは、何だったんだろう、、、、」
子供だったから余り覚えていないが、あの印象に残っているあの光景、、、何度考えても、
「父さんの隣にいたあれ、、、、あれって、、、あれが、、もしかして、竜、、、、じゃないのか、、、、?」
「パブロさん、もうすぐで着きますよ!」
「え、あ、はいっ!」
馬車や業者の声にびっくりして外をみる。
さっきまで考えていた事はかき消されて
そして
目の前には見慣れた城と城下町が広がっていた。
「ああ、帰ってきたな、、、、」
きっと騎士を辞めたら戻ってこれないだろう故郷。
しっかり噛みしめる様に記憶に残しておこうと思った。
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