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祝福されない結婚

「チェックメイト。これで私の480勝0敗だね? リネット」

「いいえ、479勝1引き分けです。カーティスお兄様」


 よく覚えてるねえと私の白のキングを奪っていく。もうひと勝負どうだいとニヤニヤと私へのからかいの眼差しを無視して、さっさと机の上のチェスボードとチェスピースを片付けていく。


「結婚が決まったんだってね」


 まだ部屋に居座る気なのか、カーティスお兄様は茶菓子へと手をのばしている。私の部屋から出ていってほしい無言のオーラは通じないようだ。


「…ええ」

「いいのかい? 相手は男色で有名なフロックハート侯爵家の甘ったれの次男だそうじゃないか」


 私を心配しているのか、からかっているのか、いいやこの兄は後者だなと思い直し、メイドが煎れ直してくれた紅茶を飲みひと息つく。


「相手は侯爵家、不満などないです」

「いいや、おおありだと思うけどねえ。兄さんは」

「貴族の結婚は家と家の繋がりです。色恋沙汰など期待することがおかしいのです。むしろ侯爵家が私なんかを望んでくれるんですから感謝してます」

「私なんかかあ…」


 カーティスお兄様は、私の反応が面白くなかったのか、ガックリと机の上に大袈裟に突っ伏してから私の部屋をゆっくりと見回す。


「なにか問題でも?」

「壁一面本棚にするほど恋愛小説を集めてるのに、とうの本人は人間関係にドライで恋愛したことすらないなんてね。その年頃の女性なら結婚に夢を持つのが普通だろう?」

「私は普通じゃないので。それに恋愛小説集めはただの趣味です。現実とファンタジーを私は混同しません」

「…君がどうしてそうなったのか、父さんを見ていればわかるよ」

「お兄様の可能性は?」

「それはないよ。私はリネットが子供の頃から愛とはどういうものか教えてるんだから」

「この間も女性二人が屋敷に乗り込んできて大変だったのよ…」

「おおっと! そろそろ約束の時間だ!」


 じっとりと目をすがめて睨みつけると、気まずくなったのか懐中時計を見ながら急いで椅子から立ち上がりプレイボーイの兄は足早に立ち去っていく。扉が閉まる直前に顔をひょっこりと出す。


「リネット結婚おめでとう。そのチェスボードとピースは結婚祝いにあげるよ」


 ありがとうと言う間もなく、扉が大きな音を響かせて閉まった。

 我が兄ながら騒がしい人だ。

 こんなに性格が正反対の兄妹はいるのだろうかというくらい、私達は似ていない。カーティスお兄様は長男、下に次男、三男と続くが見事にみんなバラバラな性格だった。私達は母親が四人とも違う。これを聞くだけで、みな同情や侮蔑の眼差しを浮かべるほどに私達の家族事情は複雑なのだ。


 父親は手広く商売をしている商人で没落寸前のドレイク家の伯爵位をお金で買った成金だった。女性関係も派手で四人も妻が代わっており愛人も多数いるようだ。長男カーティスの母はドレイク侯爵家の娘だった人で次男、三男も同様に金銭的に困っている貴族の家と婚姻を結び続け、父親は権力と財産を増やしていったのだ。父は家庭を持つにしては欠点多き人だったけれど、商人の経験を活かし破産寸前の領地を再建していったことは尊敬に値する。

 兄達の三人の母親は死別したが、一時期殺されたんじゃないかと審議をかけられ、様々な人達から妬まれるほどドレイク家は栄華を誇っていた。

 しかしリネットにいたっては父親が気まぐれに手を出した平民のメイドに産ませた子で、母親はリネットを産むと貴族の生活に慣れることができず、すぐに家を出ていってしまったそうだ。


 そんな愛情深いとは言えない家庭環境のなかで大人達からドレイク家への悪意ある言葉を聞き続けたためリネットは感情の起伏が乏しくあまり愛想のない子供に育っていった。貴族とは言い難い微妙な立ち位置にいるリネットが感情的になれば身分が卑しいからだと攻められ、父、兄達へと矛先が向くため自然と静観することを覚え、大人達に従うことでしかこの家で自分を守る術がなかったのだった。


 窓際に立ち、庭園を見下ろしている私に気づいたカーティスお兄様は笑顔で手を振りながら馬車に乗り出かけていく。

 空は薄暗くどんよりとしていて今にも雨が振りだしそうだ。なんて『結婚おめでとう』という言葉が似合わない日なんだろうか。


 一人用のソファに不自然に伏せてある油絵を持ち上げる。それは私の婚約者の肖像画だ。お父様が嬉々として美男子だろうと持ってきてくれたものだった。普通の令嬢だったら喜んで部屋に飾るだろうが、自分はそんな気にもなれず様々な場所へと移動し今はソファの背面に伏せる形で落ちついている。


 アンリ・フロックハート。私と同じ18歳。スト口べリーブロンドの長めのくせっ毛、こぼれ落ちそうな大きな瞳は灰色で光の加減で青色にも見える。男性なのかと疑うほど、私なんかよりも数倍可憐な容貌をしている。一度顔合わせをしたときも、肖像画通りの美男子だった。あまりに可愛すぎて容姿に頓着しない私でも、少しくらいお化粧でもしてくればよかったと恥ずかしくなるほどであった。

 顔合わせのその日に婚約が成立し、三ヶ月後には結婚式をあげ、フロックハート領に居を移す予定となっている。

 貴族の婚姻にしては、あまりにも早急に事をすすめるのには複雑な事情が絡んでいた。


 アンリ・フロックハートは男色家である。いつからかまことしやかに社交界の噂として流れ始めたのである。最初は少女のような可憐な容貌のため噂が流れたのかと周囲は思っていたが、夜会や街中、人目をはばからずとある男性と逢瀬を繰り返すようになり、噂は真実味を帯びていった。

 だがその相手が悪かった。相手はアンドリュース公爵家の嫡男、クラウディオ様だったのだ。アンドリュース家は第二の王家と言われるほど格式が高く、クラウディオ様は第二王女の婚約者であったのだ。第二王女を降嫁させることで公爵家の当主の座を約束されていたため国王陛下は、この醜聞に大変立腹したそうだ。怒りの矛先はフロックハート家の領地没収、取り潰しまでに発展した。その制裁はあまりにも横暴すぎると批判が集まり、フロックハート家はアンリを別の女性と結婚させ領地へと戻すことを条件に国王陛下に許しを得ることになったのだ。アンドリュース公爵家にも関係を続けるようであれば次男に爵位を譲るよう脅され二人は泣く泣く別れることとなったのだ。


 要は諸々の不幸な事情により、愛し合う恋人達は引き裂かれ、アンリには婚約者を宛がわれることとなったのだった。その相手に選ばれたのが私、リネット・ドレイクである。


 成金と貴族達から蔑まれる家の娘で、平民の両親を持つ微妙な立ち位置の私には適齢期になっても婚姻を申し込んでくれる、お父様のお眼鏡にかなう男性はなかなか現れなかった。現れたとしても年の離れた老人や悪名高い家や破産寸前の家など、散々たる結果だった。それでも容姿がよければ違っただろうが、一般的(ありきたり)な栗色の長い髪とヘーゼルの瞳、これといって特徴のない平凡な見目ではなかなか難しかった。


 そんな折に、次男ルイお兄様から私の話を聞きつけた騎士団で同僚のフロックハート家長男カイン様はここぞとばかりに提案を持ちかけてきたのだ。家格が上の侯爵家からの申し出を拒む事が出来ないのは確かだが、これ以上ない好条件の家柄と縁戚を結べることに、お父様は大喜びして私に話を通さず勝手に縁談を決めてきてしまったのだ。


「カーティスお兄様、私はこの婚姻に異を唱えることはできないんです」


 肖像画の彼からはなにも返事はなく、私の独り言は静かな部屋になかったかのように消えていった。


 父親を見て育ってきたせいか結婚に期待などしていなかったが、お互いになにも知らぬままとんとん拍子に親達だけで決めていく状況に覚悟していたとはいえ、現実味はなく困惑のほうが大きかった。

 彼はこの婚姻になにを思って過ごしているのだろうか? 恋人と引き離され愛してもいない平凡な女と結婚させられることに嘆いているのだろうか?

 婚約者と顔合わせ以来、会うことも手紙を交わすこともなく、この奇妙な関係を相談できる人もいないなか無情にも日々は淡々と過ぎていった。


 縁談の話から三ヶ月後、私とアンリ様は結婚した。フロックハート領の教会で貴族の結婚式とは思えない家族だけのとても質素なものだった。





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