婚約者を奪われた令嬢
好きでした。
小さい頃から、ずっと好きでした。
あの方が結婚してしまった今でも大好きです。
私には婚約者がいました。
私達の小さい頃に決められた婚約は、貴族同士の政略でもありました。
あの方の家からは支援を、私の家からは薬の提供を。
双方に利益のある契約は、これからも続いていくと思っていたのです。
あの日、異世界から招かれた神子様がこの国に降り立つまでは。
神子様はこの世界の女神様に頼まれたそうです。
この世界を救って欲しいと。
この世界を救ってくれたなら、何でも一つだけなら願いを叶えるからと。
女神様のお願いに応えて下さった神子様は、騎士と私の婚約者でもある魔法使いと神官と商人と第三王子殿下を伴って旅立たれました。
そして、一年もの旅路の末に見事この世界を救って下さいました。
旅から戻ってこられた神子様は願われたのです。
私の婚約者であるあの方と結婚したいと。
その話を聞かされた時にはもう、私達の婚約は破棄されていました。
私は旅から帰ってきたあの方に伝えようと思っていたことを何一つ伝えられないままに。
あの方からは、謝罪の手紙が届きました。
君が好きだからこそ、神子様とは距離を取っていた。
だから、こんなことになるとは思ってなかった。
本当に申し訳ないと。
神子様からは、直接謝罪されました。
婚約者であるあなたを語るあの人に惹かれてしまった。
婚約者だったあなたには悪いけど、この気持ちは止められない。
政略で婚約していたあなたより、私の方があの人のことを好き。
神子である私と結ばれるのがあの人の幸せなの。
といったことを涙ながらに語られました。
正直言って、だから何ですか?としか思えませんでした。
私に悪いと思うのなら、あの方を諦めて下さい。
政略で婚約しているからといって、私があの方を想っていないと?
それに何より、あの方の幸せを勝手に決め付けないで下さい。
それらの反論は、言葉になることはありませんでした。
神子様は女神様との約束の報酬を受け取られただけなのですから。
今日はあの方と神子様の結婚式。
国中を挙げてのお祝いです。
この国の貴族はみな式に参列していることでしょう。
あの方の元婚約者であった私だけは、神子様のご希望で招待されておりません。
嗚呼、結婚の成立を告げる大聖堂の鐘が盛大に鳴り響いています。
あの方はとうとう神子様と結婚してしまいました。
神子様さえいなければ、私があの方の隣に立っていられましたのに。
私は明日、隣の国へ嫁ぐことになっています。
おそらく、神子様のご希望でしょう。
あの方の側に私を居させないようするための。
私をこの国から追い出せば、あの方と私はそう簡単に会うことすらできなくなりますから。
あの方と結婚できないのなら、これからの未来なんていりません。
私にはあの方だけでよかったのに、神子様があの方を奪ってしまわれました。
ですので、私は一足先に黄泉の国へと旅立つことに致します。
神子様へ悪感情を抱く私では、きっと天にいらっしゃる女神様の御元へは辿り着けないでしょう。
お父様、お母様、今まで私を育てて下さってありがとうございました。
どうか、先立つ不孝をお許し下さい。
私からの精一杯の愛を込めて。
最後に、もしあの方へ伝えることができたら、お伝え願いたいことがあります。
初めて会ったあの日から、ずっとずっとあの方だけを想っていました。
今でも胸が張り裂けそうなぐらい好きですと。