特に意味のない頂点たちのお話
ごめんな、また空いて。
書く気はあるんや……。
神を始めた神と、神を終わらせた人ならざる人が、前者は友情を、後者は殺意を抱いたまま向かい合う。
場所は、フィーニス城上層にあるテラス。
瀟洒なティーテーブルにて、優雅にお茶を嗜みながら。
両者ともに整った容姿をしており、また上位者としての品格を備えているおかげで、大変に絵になる光景が展開されていた。
「で、何の用があって来た」
尤も、給仕係などいる筈がない。
ここはルナリアだけの世界なのだから。エリュシエルがいる事の方がおかしいのである。
創造神の絶対権限で割り込んだのだ。
それでも、第一位階に匹敵するルナリアの精神防壁を突破する事には骨が折れたのだが。
故に、自分でティーポットからお茶をカップへと注ぎながら、彼女はぶっきらぼうに問い掛ける。
ちなみに、エリュシエルの前には何も置かれていない。
「……私には、お茶はくれませんの?」
「…………ん」
少し悩んだ後、ルナリアは茶碗を取り出して置いた。
ティーカップではない。
飾り気の無い安物の茶碗である。
中には、ぶぶ漬けが入れられており、意外と良い香りが立ち上っている。
「……これは?」
「ぶぶ漬け、というものらしい。何処かの星にある伝統料理、だった筈だ、確か」
「私はお茶を求めたのですが……」
「暗喩だ。意味は、さっさと帰れ、というもの、らしいぞ。私の気持ちを分かってくれるか?」
「それは言わぬが華、というものではありませんの?」
「ああ、神々という愚かな輩どもには、暗喩などという文化的情緒を解する能力はないと、ふと思い直してな。端的に伝えるべきであろう?」
「あらあら、酷い事を言いますね」
コロコロ、と、上品に笑い、エリュシエルはお茶碗を手に取った。
仮にも神々の頂点にいる存在が、安物の茶碗を傾けている姿はまるで似合わないが、どうせ見ているのは無二の親友だけである。
気にする事は何もない。
「うん、良い味です」
「満足したならば、とっとと帰れ」
「まだ何もお話していないではありませんか。もっとおしゃべりを楽しみましょうよ」
「お前などと話す事は何もない。放っておいてくれ」
最後の一言が、ルナリアの全ての本音である。
彼女は、かつて人類の英雄だった。
しかし、彼女は求められず、裏切られ、捨てられてしまった。
恨む気はない。
ただ、空虚な諦めだけが、ルナリアの中に残るだけだ。
神々に拾われ、天使として転生したものの、神々に迎合する気はないし、かといって今更人類に貢献する気もない。
幸せだった頃の記憶に浸り、ただ無為に過ごす事だけが、今の彼女の全てである。
大半の神々は、その事に安堵している。
自分達を完全抹消できる者が怠惰に過ごしているのだ。
それに安心しない訳がない。
ただ、それを惜しいと思う者もいるというだけ。
特に、第一位階の神は、強くそう思っている。
「太陽君が嘆いていましたよ。貴女には自分の隣で強く輝いて欲しいのに、って」
「……あいつ、まだ私を嫁に欲しいとか言っているのか」
「剣一本で挑みかかってきて、あまつさえ勝利を収めるのですもの。太陽君にとっては、衝撃的な体験だったのでしょう」
「私に勝てるようになってから言え」
諦めの塊である。
そこまでして、力尽くで強引に連れ去るくらいの根性を見せるのならば、諦めて伴侶にでもなろう。
愛しはしないが、その振りくらいはする。
そう言うと、エリュシエルは困ったように微笑む。
「彼は、心から受け入れて欲しいと思っているでしょうに……」
「私に? 誰かを愛せと? 無理を言うな。それをして、捨てられたのだぞ」
愛した恋人に、絶対に守ると言ってくれた男に、首を刎ねられて死んだのだ。
その心の傷は、何千年経とうとも癒える事はない。
「残念な事です。貴女が家族になってくれたら、私も喜ばしいのですが」
「うるせぇ、くたばれ。……で、そんな戯言を言う為だけに来たのか? 暇な奴だな。やっぱりくたばれ」
「まぁ、これが本題ではありますけども。一応、他にも用件はありますよ」
真面目で本気の用件は、息子の太陽神による求婚で間違いない。
それが一番重要だ。
とはいえ、他にもついでのような話も無い事もない。
うっかり忘れていなかったので、一応は訊ねておく。
「これから、再び懲罰が始まります」
「…………ああ、そんな時期か」
「ええ、そんな時期です」
人々は、神々への畏怖を忘れる。
限りある命しか持たないが故に、恐怖を伝えるには限界があるのだ。
そして、調子に乗ってしまう。
調子に乗った人間の恐ろしさを、悠久を生きる神々は忘れていない。
だから、定期的に冗長し始めた頃合いを見計らって人間どもに恐怖を与えているのだ。
その時期が、またやって来た。
「ただ、此度は〝勇者〟がおりません」
「そういえば、そうだったな」
〝勇者〟は、懲罰の際に人間を必要以上に間引いてしまわない為の、セーフティシステムである。
懲罰の魔王を殺して止める装置なのだ。
それだけの為に、他のギフトに比べると様々な性能を盛り込まれている。
しかし、そのギフトの席は、現在、空席となっていた。
いや、正確には空席ではなく、〝勇者〟が機能不全に陥っているというべきだろう。
〝勇者〟を独占していた国家が滅び、その影響で現〝勇者〟が生かさず殺さずの状態で放置されているのだ。
〝勇者〟のギフトは世界にただ一つ。
所有者が死んでいない以上、新しい〝勇者〟が生まれる事はない。
故に、セーフティシステムは機能しない。
「〝空白の才〟も、取られてしまいました」
「それも知ってる。挨拶に来たからな」
そして、もう一つのセーフティシステム、〝空白の才〟も、横取りされてしまっていた。
緊急時に、神々が介入する為に用意された、何のギフトも持っていない人間。
必要に応じて臨時的にギフトを授けて神々への信仰を煽る筈だったのだが、今回はラピスが横取りして改造を施してしまっていた。
未だに首輪の付いていない状態、つまりは〝空白の才〟のままではあるのだが、しかしあの有り様でギフトを与えるのは、中々に覚悟がいる。
下手をすると、ギフトを分解して取り込み、第二のルナリアへと変貌しかねないのだ。
第一位階の神々は気にしていないが、第二位階以下の神々は大変に恐怖している。
だったら、いっその事、人間が滅んでも良いんじゃないか、と、そう思うくらいに。
懲罰が止められず、人間という種が滅んでしまうかもしれないが、神々の殺戮者が生まれるよりは、ずっとずっとマシである。
そんな判断をしているのだ。
ラピスに連れられてやって来た、ツムギとかいう男の事を、ルナリアもよく覚えている。
何度か馬鹿をやっていたので、その度に起こされて不機嫌なままに斬り倒しているので、大変に知っていた。
「人間が滅んでしまうかもしれませんね」
「……だから、どうしろと?」
もはや、ルナリアは人間の味方ではない。
敵でこそ無いが、何らかの救済の手を差し伸べる気が何処にもないのだ。
滅びの可能性を告げられても、別に興味はない。
そもそも、今回は巡り合わせが悪い為に被害は大きく出るだろうが、しかし滅びる事だけはないと確信できる。
「無用な想定だ。トラブルメイカーの連中がいるのだからな。人間は生き残るよ、しぶとくな」
「そうですね。彼らも、中々に面白い方々です」
人間が生きる大陸は壊滅状態になるかもしれないが、トラブルメイカーズという組織とそれが庇護する国だけは、何の被害もなく生き残るだろう。
「お前ら、神って輩どもにとっては、忌々しい連中だろうな」
全く想定通りに動かず、更には神々にさえ手を届かせかねないものたちだ。
目障りこの上ないだろう。
「いえいえ、私は楽しんでおりますよ。〝命の種〟を蒔いた甲斐があったというものです」
「…………そうか」
エリュシエルにとっては、そうなのだ。
頂点にいる彼女にとっては、神々も人間も、そこらの虫ケラでさえ、何も変わらない。
だが、そんな彼女が望む事は、そんな虫ケラが自身に届く事である。
そもそも、エリュシエルが宇宙を創り、生命を創ったのは、一人が退屈だったからという、ただそれだけが理由なのだから。
そして、その願いは既に果たされている。
ルナリアという自身さえも殺し得る対等な友人を得られたのだ。
試行は成功も成功、大成功というもの。
更には、トラブルメイカーズたちも、可能性を秘めている。
だから、彼らが派手な事をする様を、心から楽しんで見ているのである。
「ふふふっ、今回はとても楽しくなりますよ。余裕を見せている子供たちも、きっと大いに楽しんでくれるでしょう」
「……何かあったか」
「ええ、ええ、ありましたとも」
笑みを深めて、エリュシエルは言う。
「〝星の落し子〟が、此度はおりますから」
「星……?」
数瞬、何の事か分からない言い回しだった。
しかし、かつて似たような表現をされた覚えがあった。
そう、ラピスに対して、似た事を。
確か、あれの事を〝星の忘れ物〟と呼んでいた。
つまりは、そういう事なのだろう。
「……そうか、銀河帝国の生き残りか。まだいたのか」
「ええ、驚いた事に」
とてもとても楽しそうに、エリュシエルは笑い。
とてもとても迷惑そうに、ルナリアは顔をしかめるのだった。
過去編とか書く気はないので、ルナリアの大雑把な経歴説明。
簡潔に言うと、過去にいた英雄の転生体です。
但し、転生の術に不備があった為に、生まれた時点では英雄の魂が覚醒しなかった所為で、それまでの繋ぎとして、ルナリアという人格は形成されました。
まぁ、ほら、あれよ。
憑依系転生ってあるじゃん?
あれの、潰される側の元人格が、ルナリアの正体です。
あくまでも繋ぎの人格でしかないので、ちゃんとした魂も持っていない、人もどきです。
時代は戦乱期で、英雄の力が求められておりました。
なので、かつての英雄の魂を宿した彼女は天秤にかけられました。
過去の英雄か、現代の英雄か。
その天秤が過去の英雄に傾いた結果、眠っている魂を呼び覚ます為に、邪魔なルナリアの人格を殺す為に首を刎ねられた、というのが大まかな経緯です。
しかも、刎ね飛ばしたのが、愛した男というね。
故に、後に付けられた異名が『悲恋戦姫』。
そして、ついでに悲しい話なのですが、蘇った英雄が決して役に立つものではなかったというのが、救えない話。
いやさ、現代戦に本多忠勝だの呂布だの、そんな無双系武将が蘇ったとしてさ、どれだけ役に立つのよ? って話で。
対人ならまだしも、対神では期待したほどの活躍をしてくれず、英雄をただ無為に失っただけで、戦況は最悪へと突き進んでいきましたとさ。
悲しいね。
そら、人間への期待とか何も無くなるわ。




