第六話:旅の行き先
ルセリの生きた時代を想ったツムギは、ふと気になった事を訊ねる。
「そういや、ルセリって過去の人間なんだよな?」
「まぁ、この時代の人から見れば、そういう事になるわね」
「じゃあ、今の年齢ってもしかして……」
瞬間。
ツムギの全身を切り刻むような鋭い殺気が襲った。
見れば、ルセリの視線が冷え切っている。
極寒どころではない。絶対零度も下回るレベルだ。
極大氷雪魔法でも、これほどの威力はないだろう。
彼女は、にこり、と綺麗な笑みを浮かべる。
表情は笑っているが、瞳はまるで笑っていない。
「私の年齢が、何だって?」
「い、いえ、とても若くお美しいお嬢さんだな、と」
「そう。褒めてくれてありがとう。
良い事? よくお聞き。
《アーク》では時間は過ぎないの。
復唱しなさい」
「はい! あそこでは時間経過はありません!」
「紫外線も無いわ。復唱」
「はい! お肌に悪い物もありません!」
「よろしい」
素直にツムギが繰り返せば、満足げに頷いてようやく視線の圧力を緩める。
そして、改めて話をする。
「私は18歳よ。永遠の18。
間違ってもこの3000年を足すんじゃないわよ」
「はい、ピチピチのご年齢ですね!
女盛りな大変に程好い年頃かと!」
「分かれば良いのよ、分かれば。
ところで、そういうあなたも幾つなの?
見た目通りの年齢、って訳じゃないんでしょ?」
改造する方針や方法にもよるが、強化人間は大抵、外見と実年齢が一致しない。
ルセリの場合は、主に実験に必要な頑丈さと筋力を得る為の改造であり、見た目への影響はほとんどないが、それはむしろ希少な例なのである。
その考えが正しいと、ツムギは肯定する。
「まぁな!
これでも、俺ってばもう……ええと、幾つだったっけ?」
言いかけて、しかし途中で止まって数え始めるツムギ。
それを呆れた様な視線でルセリは見ていた。
「あっきれた。自分の年齢も覚えてないの?」
「必要ないと忘れるんだよ。
ひ~……ふ~……み~……。
ええと、大体20くらいだ!
多分、それくらいだろ!」
「ふ~ん。意外と若いのね。
いきなり変態行動に出るから、セクハラ上等なエロ親父だと思ってた」
「ふっ、惚れたか」
「間違ってもそれは有り得ないわ」
「そんな辛口な所も素晴らしいぜ。愛してる!」
「はいはい、ありがとね~」
ツムギの愛の宣言を適当に流しながら、ルセリは足を進める。
だが、数歩で彼女は立ち止まり、振り返った。
その様子は何処か気まずそうで、視線も微妙に逸らされている。
「あのね、とても今更な質問なんだけど、私たちって何処に向かっているの?」
「えぇ?
迷いなく進んでるから、てっきり分かってるんだと思ったんだけど」
「う、うるさいわね。
久し振りに外に出た私が分かる訳ないでしょ。
そういうあなたは分かるんでしょうね!?
お母さんと知り合いみたいだし!」
自分のドジを誤魔化す為だろう、語気を強くして強引に矛先を変えるルセリだったが、意外にも返ってきた言葉は肯定の言葉だった。
「応。一応な」
「え? ほんとに?」
「ああ、マジ。
つーか、何で分かんねぇと思ってたんだか」
「だったら、あなたが先導しなさいよ!」
「いやー、だってねー」
少し言い淀んで、彼は指を差す。
その先は、今まで進んでいた方向で、
「偶然の一致。
丁度、この先にいるんだわ、今は」
「え? うそ。その嘘、ほんとマジ?」
「マジマジ。超マジ。
しかも、嬉しい事にそう遠く離れてない。
徒歩でも行ける。
……距離的には」
「何その都合のいい展開……って、ちょっと待ちなさい。
最後に何か付け足したわね。
距離的には、って距離以外の問題で徒歩では行けないわけ?」
「いやー、まー、あれよ。
あの人、人外魔境な場所にばっか拠点を置くからさ。
気性の荒い猛獣の棲み処の只中とか、やたら厳しい環境の中心地とか。
今回の場所も、多分、そういう場所だと思うんだよな」
「技術保全の為、かしら?
まぁ、趣味の可能性もあるけど……でも、大丈夫よ。
大抵の事ならクリアできるように装備は整えてあるから」
「そうか? ルセリが良いなら、良いか」
「むしろ、心配なのはあなたの方よ」
何度でも言うが、ツムギは布一枚しか身に付けていない。
裸体に毛が生えた程度の装備の彼は、大自然に挑むにしてはあまりにも無防備に過ぎる。
肉体を強化している、とは言っても、限度だってあるし、途中で立ち往生する事にならないか、ルセリにはとても心配だ。
だが、その心配を吹き飛ばすように、ツムギは呵々と笑う。
「ハハッ、まぁ俺の事は心配すんな!
大抵の状況にはすぐに適応できるからよ!」
「それなら良いんだけど。
無理そうならちゃんと言うのよ?
装備の都合くらい、してあげるから」
「おお……!」
かけられる優しい言葉に、ツムギは感激に身を震わせた。
「なんという慈悲!
俺を心配してくれるその心は、もはや愛に満ち溢れていると言っても過言では!」
「過言よ、バカ!
案内役にいなくなられると私が困るのよ!」
「ナイス、ツンデレ!
その感情が、いつしか淡い恋心に……」
「な・ら・な・い!
とっとと行くわよ!」
顔を背けて、先を急ぐルセリ。
その後を追いながら、ツムギはどうしようかと考えていた。
(……なーんで、上手い事近場にいるかなー。
もっと遠場とかだったら良かったのに)
まだまだ愛情から程遠いルセリを落とすには、些か時間が足りない、と彼は思う。
(……なんとか仲良くなる事は出来ないかねー)
どうにも一線引いてる印象がある。
そうとはっきり分かるものではないが、何処か、諦念の様なものを感じさせていた。
それを解きほぐす様なイベントが起きてくれないだろうか、と願わずにはいられないツムギであった。