亡国の夢幻
「ところで、王様? 私の方からも、一つ、話があるのだけど……」
「ふむ」
ルセリから話を振られたヴァイスハルトは、やや警戒心を抱く。
なにせ、〝あの〟ラピスの娘なのだ。
能力は確かだろうし、その人格性には不穏な物を感じずにはいられない。
「ふっ」
ヴァイスハルトは、小心者じみた己の思考を笑い、不敵に髪をかき上げて真正面からルセリを見た。
「民の声を聞くのも王たる者の務め。よかろう。謳ってみるが良い」
「…………面白いキャラしてるわね」
過去にはいなかった類いの言動をする。
いや、それを言い出すと、これまでに出会った者たちは誰も彼もが特異な性格をしていた。
それもそうだろうな、と、改めて考えると納得できる。
なにせ、今は余裕がある。
管理された箱庭の中であろうとも、一線さえ越えなければ基本的には自由に暮らしていける時代だ。
かつてのルセリが生きていた時代のように、明日どころか今日すらも危うい状況ではない。
であれば、様々な個性を育む事も出来るだろう。
いつもいつも、目を血走らせながら生き残る道を探し、敵を倒す術を研究している様な、そんな悲しい性質しか持たない時代とは違う。
そういう意味では、遠い未来にやってきた甲斐もあると、彼女は思いながら口を開く。
「神殿? とやらから許可を貰ってからの話になるんだけど、この国で兵器を造りたいのよ」
「……兵器? 旧時代のか?」
「ええ、そうよ。まぁ、今の技術も盛り込むつもりだけど……どうかしら?」
ツムギは鷹揚に太鼓判を押していたが、実際に権力を持っているのは一応目の前のヴァイスハルトである。
なんだかお飾りな雰囲気を出しているし、本人のやる気もいまいち感じられないので、許可を取る必要があるのかは不明だが、社会には形式や建前は必要なのだ。
許可を貰ったという事実がある方が、実際の行動に勢いが付くから。
果たして、王の回答は、
「ああ、構わん。存分にやりたまえ」
凄まじく軽いものだった。
拍子抜けしてしまうほどに。
現実が分かってないのか、と疑わずにはいられないルセリは、彼女には不都合だろうに確認していく。
「本当に? 本当に良いの?」
「うむ。過去の技術を現実に見る機会は中々ないからな。良い催しだ」
「そんな軽い話じゃないでしょうに。
……天使や神々から目を付けられるし、場合によっては本気の攻撃を受けるのよ?」
神殿に伺いを立てて許可は取るつもりだが、勿論、その許可はダミーである。
建造予定として見せる兵器と、実際に建造する兵器は、別物にするつもりだ。
だって、正直に言ったら絶対に許されないし。
神々さえも殺し得る宇宙兵器を地上で運用しようとか、正気の沙汰ではない。
なので、いつか騙した事がバレた時点で、報復攻撃が行われる事は確定した未来である。
だと言うのに、ヴァイスハルトはそうと知っていながら頷く。
「そうだな。まぁ、その時はその時だ。
世に永遠がない以上、滅びる時は滅びるしかなかろう。
まっ、盛大な花火を咲かせて滅びるがね」
「良いの?」
どうしても心配せずにはいられない。
自身の我が儘な行いによって、誰かが傷つく事に、ルセリは不安を覚える。
その様子に、ヴァイスハルトは微笑む。
「ツムギ君と違って、君は優しいね。母君とも大違いだ」
「……褒めてるのよね?」
「勿論だとも。そして、故に君の暗雲を晴らそう」
そして、彼は断言する。
「気にするな。
我が国は、少なくとも今の世代の者たちは、君たちが原因で滅ぼうとも、何一つとして恨みも憎みもしない」
ヴァイスハルトは、指を立てて理由を語る。
「そもそも、我らは滅んだ国なのだ」
過去を懐かしむ、遠い目をする。亡国となってしまった運命の日を思い出す。
「既に滅び、息絶えている筈の運命。
それが何の奇跡か、そやつらと出会い、再興してしまった。
悪い事ではないが、しかし我らにとっては今の時は夢幻の栄光に過ぎない。
今この瞬間に滅んでも、仕方無いと諦められる。
奇跡が終わった。
それだけの事だとな」
「…………」
「そして、もう一つ、付け加えようか。
神殿に、ひいては神々に目を付けられる、という話だったな。
それに対しては、こう言わせて貰おう。
今更だ、とな」
ヴァイスハルトは、呵呵と笑う。
「そやつら、『トラブルメイカーズ』が根を張っているというそれだけで、この国はとうの昔から神殿から常に監視されている。
いつ、どんなイチャモンを付けて滅ぼしてやろうか、と、虎視眈々と狙われているのだ。
その理由がまた一つ増える、それだけの事よ」
「……なんというか、御愁傷様?」
「ふっ、対価として中々経験できない愉悦を味あわせて貰っている」
だから。
「故に、まぁ気にする事はない。
存分にやりたまえよ。
それが、愉快に笑える物であれば、猶良し。
我らは笑いながら滅びていこう」
尤も、と彼は付け加えた。
「『トラブルメイカーズ』の者共が、座して滅びを受け入れるとも思えんがね」
「当たり前よ!」
ツムギが言葉を継いで言う。
「神ならばともかく! 天使なぞ恐れるに足らん! 逆に張り倒してやるさ!」
「ハハハッ、元気なものだね。さて、アルトン嬢、迷いは消えたかな?」
「……ええ、ありがとう。
そういう事なら、思いっきりやらせて貰うわ。
神々が出張ってきたとしても、この国を滅ばさせないくらいに、徹底的に」
「うむ、期待しているよ」
将来への期待に、ヴァイスハルトはまた笑うのだった。
設定上のお話。
トラブルメイカーズと神殿は、戦力では互角なんですよね。総長を除けば。
なので、両者が本気で激突した場合、『神々の尖兵 vs 反逆の獣たち vs なんか周りで勝手に死んでいく有象無象』という地獄絵図が展開します。
くそ迷惑。
但し、総長が参戦した時点で、敵も味方もなく、全員が叩き伏せられます。
バランスブレイカー……。




