神罰の報せ
「で、気を取り直すんだけど、実は駄弁りに来た訳じゃねぇんだわ」
「ほう? その娘との婚姻報告ではないのか?」
「王様? 貴方も蹴ってあげましょうか?」
「ふっ、悪いが我のレベルは50レベルに満たない。そなたの戯れで死ねるぞ」
自信満々に情けない事をほざく。
とはいえ、そんな事を言われてもギフトを、レベルという物を持たないルセリには、ピンと来ない表現であった。
なので、隣のツムギへと小声で訊ねる。
「……私ってレベル準拠でどれくらいなの?」
ふむ、と、彼は僅かに考えながら答える。
「レベルとは参考数値でなー。所持ギフトでかなり変わるのだ」
「ふぅん」
「で、まぁ、それでもおおよその平均値も一応はある」
「回りくどい言い方してないで、とっとと言いなさいよ」
「さっきの蹴りは百レベルは超えてる」
「……ひゃく?」
「ワン・ハンドレッド」
告げられた現実を噛み砕いてゆっくりと理解する。
「確か、この大陸だと、三桁クラスっていないって話じゃなかった?」
「おう。起源種が生まれながらに百レベルくらいで、大陸の中だとそれ以上にはならん」
「あれ、そんなに強くしてないわよ?」
ヴァイスハルトの言う通り、戯れ程度の一撃だった。
殺す気など毛頭なく、ツムギなら充分に耐えられるというか、そもそも傷付きすらしないだろうというレベルに抑えていた。
だと言うのに、それが巷の最高クラスに分類されると言うのだから、正直なところ、世間の脆弱さにドン引きせずにはいられない。
「ちなみに、俺、レベル表記すると、大体8000台くらいな!」
「……予想外に高い」
「更にちなみに、ラピス大先生様はカンストの9999な?」
「頭の痛くなる話ね」
相手次第では、単独で神々にも勝てる。
それくらいの破壊力はあると判断していたツムギよりも、遥か高い位置にいると断言されてしまうと、危険度を更に高く設定し直さなければならない。
(……どれくらいまで上げないといけないのかしら。まさか、第一位階?)
最高位の神と匹敵するとは、思いたくなかった。
本当にそうだとすれば、確実に勝ち目などない。
最高神に対抗できた存在は、後にも先にもかつての大英雄ただ一人だけなのだから。
デサイン・チルドレン第一号のオリジナルとなる人間だけ。
その領域となると、もう自力でどうにか出来るかという段階ではない。
諦めるという選択肢は無い以上、屈辱的な話だが神々に懇願してどうにかして貰うしかないだろう。
《アーク》の完全破棄を求められる可能性も、高くなってしまうが。
ルセリは、ツムギを見る。
そうなってしまえば、自分の帰る場所も理由もなくなる。
この時代に放り出される事になる。
(……あなたは、待っててくれる?)
それが決定的になるまで、自分はきっとツムギを受け入れられないだろう。
きっと、それまで冷たくあしらい続けるに違いない。
勝手な、都合の良い考えだとは思う。
それでも、それまで待っていて欲しいと、思ってしまうのだ。
真っ直ぐに好意をぶつけてくれる彼の事を、ルセリもまた好ましく思っているから。
自分の新たな帰る場所になって欲しいと、そう思うくらいには。
ルセリが思考に沈んでいる内に、ツムギたちの話は進んでいた。
「ヴァイス、実は今日は警告に来たんだ」
「ほほう? 遂に我が国を滅ぼしたくなったのか」
「違ぇよ、バカめ。西の方で起源種をぶっ殺したんだ。生まれたてのな」
「…………成る程」
語られた内容に、ヴァイスハルトは警告の意味を理解する。
だが、勘違いを起こしてはいけないと一応は確認した。
「そういえば、先日、君たちは起源種を一体ほど屠っていなかったかね? 確か、北の方だったかな?」
「よく覚えていたな。1ヶ月ちょい前って所だな」
「成る程。成る程成る程、成る程ね。これほどの短期間で魔王が二体も生まれていた、か」
その事実が示す現実の裏側は、凄惨な暗黒時代を示していた。
理解したヴァイスハルトは、楽しげに笑う。
「クッ、クカカカカッ、確かに最近は調子に乗っていたからな! 神々の勘気に触れたか!」
懲罰の兆候だ。
神々が、下界の人間へと下す、裁きの訪れである。
人間は世代交代する。
故に、時と共に神々の恐怖を忘れ、自らこそが至上の存在だとのたまい始める。
何度も何度も、懲りもせずに。
その事を理解した神々は、定期的に災いをもたらして恐怖を思い出させるのだ。
その尖兵こそが、魔王と呼ばれる起源種の大量出現である。
「勇者は……いたかな?」
本来ならば、勢い余って信仰の家畜である人間が滅んでしまわない為のセーフティとして、対魔王特効の《勇者》のギフトが存在する。
だが、《勇者》を占有していたアリアの故郷が酷い事になってしまったせいで、それは失われていた。
ギフトシステムが崩壊していない以上、いつかは復活するだろうが、そんな話は聞いた覚えがなかった。
「いや、俺も知らんな」
「クククッ、それは素敵な事だ。人間滅ぶんじゃないか?」
「……うちの国は残るだろ。だから、神罰落とす気になったんじゃねぇか?」
「信頼されているのだな」
「気持ち悪いことに、な」
起源種は、やたらと強いだけであり、特定の存在でなければ倒せない、などという事はない。
実際にツムギは単独で倒しているし、ギルド幹部の面々ならば同じ事が出来る。
出来ないと幹部になど認定されない。
《勇者》がおらずとも、その代わりとなるだけの戦力はある。
そして、その者たちは神罰を阻止するような無粋な連中でもない。
そうと神々から信じられているのだ。
神々を嫌っているツムギからすれば、寒イボが立つような信頼だが。
「ふむ、分かった。報告、ご苦労。災いには備えておこう」
「おう、まぁ適当に頑張ってくれや」




