魔王と英雄は紙一重
城門をあっさりと抜けた二人は、勝手知ったるとばかりに城内を歩いていた。
「…………てっきり国境みたいな事になると思っていたわ」
「ふっ、この国では俺は何処でもいつでも顔パスだからな!」
「顔パス出来なかったのが国境じゃないの」
適当な事を言うツムギの頭を軽く叩くルセリ。
彼女は、国境での関所がそうだったように、城門でも自信満々に入ろうとしたツムギが武器を向けられて止められる事態を予想していた。
どうやら、普段は幼子の姿をしていたらしく、この青年形態は有名ではないらしいからだ。
しかし、実際にはその予想を裏切り、本当に顔パスで内部へと案内されていた。
彼のみならず、全く知られていない筈のルセリも同じく、無警戒に素通りさせて貰えている。
「通して貰っておいて言うのもなんだけど、ちょっと無用心過ぎじゃない?」
「まぁ、言わんとする所は分からんでもない。ただ、なぁ……」
ツムギも、ほぼノーガードに近いレベルで城門を開け放っている現状は、流石にどうなのだ、と思わなくもないのだ。
しかし、と、彼は困ったように頬を指先でかきながら言う。
「国王の野郎がな、刹那主義というか破滅主義というか、まぁなんと言うか人生投げてるもんだからな。こうなるんだ」
「……王がそれで良いわけ?」
「曰く、自分の代わりはいる、だそうだ」
責めるように半目で問えば、そんな答えが返ってくる。
「自分が死んでも王族の血は残る。そいつがいれば、国も続く。だから、自分は好きに楽しむ。
だそうな」
「…………それって、さっきの王女ちゃんよね? なんか襲ってきてあなたにぶっ飛ばされた」
「まぁ、そうよ。あれで愛されてるからな。あいつが号令かければ、かなりの奴が協力するだろうよ」
ツムギ自身も、決して嫌いではない。
自分に愛を囁くとかいうトチ狂った行動さえ無ければ、傍目から見ている分には大変に愉快な娘だと思っている。
だから、もしも王国に危機が迫り、彼女が助けを求めたのならば、程よく手を貸そうという気があった。
他のギルドメンバーたちも似たようなものだろうし、国民たちは言わずもがなだ。
「ふぅん。だから、自分は死んでも良い、と」
「おう。人生終着点まで行ってるからな。今は余生のつもりなんだろうよ。自分の命を的にして遊んでやがる」
「……愉快な王様ね」
「全くだよ」
おかげで日常的に暗殺者やら何やらが送り込まれていて、護衛の兵は何かと忙しそうにしている。
実戦訓練に有難いとか、狂った事をのたまっているが。
王が王なら、兵士も兵士だ。
一度、どうしようもない破滅を味わったが故に、頭のネジを落っことしてしまったのだろう。
ツムギも人の事を言えた話ではないが。
やがて、二人は玉座の置かれた謁見の間へと辿り着いた。今は隣国から訪れた使者の相手をしているらしい。
だと言うのに、
「これはツムギ様。どうぞ、お入り下さい」
「おう」
何故か扉を守る警備兵は、止めるどころか迎え入れてしまう。
ルセリがじっとりとした視線をしているが、気にしてはいけない。
「ですから! 我が国との友好を守る為に、ユグ・ナ・メイズ王国には是非とも援助をして頂きたい!」
「うむうむ、成る程」
中では、声を張り上げる中年の男と、それに向かいながら玉座に座る金髪の青年がいた。
如何にも貴族めいた衣装を纏った中年は、どうにも興奮した様子で言葉を並べているが、玉座の青年は頬杖を突いた姿勢で頷くばかりで、ろくな反応を示していない。
この青年こそが、ユグ・ナ・メイズ王国現国王、ヴァイスハルト・メイズ・アークロンドである。
「ぬ?」
その青年が、初めて目の色を変えて反応する。
最初はようやく話を聞く気になったのかと思った使者の男だったが、しかし彼の視線が自分よりも背後に向けられている事に気づく。
振り向けば、仮にも一国の正式な使者が王と謁見している最中だというのに、不躾にも入室している二人組がいた。
「な、な、なんだね、君たちは! 今は私が陛下と謁見しているのだよ! な、だっ、何の許可があって入室して――」
「おお! よく来たな! 戻ったと聞いて待ちわびていたぞ!」
使者の抗議を無視して、ヴァイスハルトが喜色を浮かべて侵入者を迎える。
「おう、おっさん。悪いな。俺に免じて許してくれや」
無視された形になる使者を憐れんで、ツムギが声をかけた。
「な、何を!? 誰だと言うのだね! 貴様の、何に免じろとっ!?」
「俺は、【トラブルメイカーズ】のツムギだ。それじゃ駄目か?」
「なっ……」
正体を告げられ、使者は絶句する。
その名は知っている。知らない筈がない。
この近辺においては、どんな犯罪者やどんな神々よりも恐れられている名前である。
「い、いや、うむ。成る程。ツムギ、殿でしたか。ハハッ、〝救世魔王〟殿でしたら、割り込みも仕方ありますまい。ハハハッ、それでは陛下。またお会いしましょう」
そそくさと退散していく。
それはもう見事な退却であった。
「……随分と恐れられているのね」
「若気の至りというものだよ」
何をしたのか、なんとなく気になってきたルセリであった。