第三十二話:伝染する堕落の病
メインで書いてる作品が、現在、キリの良い状態なので、こっちを思い出したように更新する。
わ、忘れてた訳じゃ……。(目逸らし)
久し振りだから、ちょっと文が変わってるかも?
お見逃しを。
ツムギは、肩に乗せられた手を乱暴に払い除けながら、背後に振り返る。
「俺様に話すことなんて何一つとして無いんですけどー!?」
「……このクソガキ」
天使エステリアの笑みが引き攣りを起こした。
心の底から沸き上がるどす黒い感情を、天使の寛大さで飲み込みながら彼女は笑顔を絶やさずに詰め寄る。
「まぁまぁ、そう仰らずに。先程の女性に関してで御座いますよ」
「スリーサイズはトップシークレットだ。お前如きには勿体無い」
「殺してくれますよ、このクソガキ」
「ハッハー、本性出てんな、この鶏肉。捌いてカラッと揚げてくれようか」
引き攣った笑みに青筋が追加され、ちょっと冗談とは思えない殺意さえも滲む。
それを真正面から受け止めながら、ツムギはまるで臆する事なく、更なる喧嘩を売り付けていた。
「言う気はない、と?」
「言う気がない、ってのは間違いだぞ、鶏肉。正確には、言う必要がないだ、間ぁ抜け~」
「刺して欲しいので御座いますか?」
ギラリと光る槍の穂先を向けられる。単なる光の反射ではなく、ギフトの輝きによって刃が光っているのだ。
《征罰者》のギフトが宿った刃は、その他のギフトを持つ者に対してシステム的優位を誇る。
彼我の間に余程の力量差が存在しなければ、まず覆す事の出来ない圧倒的な相性だ。
それ故に天使は恐れられ、世界の管理者として下界を見下ろしているのである。
しかし、相手は神々に見離されし、無能である。
そもそも神々の首輪であるギフトを持っていないツムギには、何の効果もない無用の長物だ。
通常ならば、だからと言って対抗できるような物でもないのだが、ラピスによる魔改造を受けている彼は、純粋な性能で天使のそれを上回る。
故に、恐れる理由は何処にも無かった。
鼻をほじりながら、明後日の方向へと視線を飛ばしている。
そこはかとなく殴りたくなるような表情で。
「えへー? 刺したければ刺せばー? 正当防衛でぶん殴ってやんぞ、コルァ」
ミシリ、と、音が聞こえる程の力で拳が握られる。
エステリアは、舌打ちをしながら槍を降ろす。
いつものツムギならば、取り敢えず憂さ晴らし代わりに突き刺す。
リミッターを掛けている状態では、彼女の方が強いからだ。
しかし、何故か今はリミッターを外している。
これはいけない。
タイマンではまず勝てない状態だ。
これに正面切って勝てるのは、天使の中では征罰衆の総長であるルナリアだけだ。
逆襲に遭う事が分かりきっている為に、苦い顔で渋々とではあるが、引き下がる以外にないのである。
そんな隙を、見逃してくれる程、ツムギの心根は綺麗なものではないのが問題だが。
スルリと、彼はエステリアの肩に腕を回し、直近から彼女の顔を覗き込む。
「つーかよー、お前さー、なーんでー、そんな事をさー、訊いてくるのかねー?」
「…………旧文明に所縁のある人物がいれば、その詳細を訊ねるのは天使の役目に御座いますが?」
「いやいやさー、そういうこっちゃねぇんだよなぁー?」
カクカクと頭を揺らす腹立たしい動きで、ツムギは言葉を重ねる。
「俺たちさぁー? ここに帰ってくるまでにさー? 黒槍隊とかいうさー? 天使連中に襲われてんだよなぁぁぁぁぁ?」
その指摘に、エステリアはギクリとした。
言い逃れの出来ない弱みであった。
下界にいる天使は、すべからく征罰衆に所属している。
つまり、その副長であるエステリアが、彼女の動向を知らないという事は、あり得ない筈なのだ。
本来ならば。
ツムギは、ペチペチと彼女の頬を叩きながら、言い募る。
「なぁーんでー? 知らないのかなぁぁぁぁぁ? ねぇねぇねぇねぇ、教えてちょうだいよぉぉぉぉぉぉ? 征罰衆副長さんよぉぉぉぉぉぉ」
苛立ちが限界に達したので、エステリアは裏拳でツムギの鼻っ柱を撃ち抜いた。
逆襲の左フックが彼女の顔を殴り飛ばした。
「テメェさては神殿に帰ってねぇだろッ! 副長がそんなんで良いのかよ! 天使界隈どうなってんだオルァ!!」
「う、ううう、うるさいので御座いますよ! 私にだって休暇があっても良いでは御座いませんか!!」
「ああ!? 休暇だぁ!!? 俺らの監視とか言って入り浸ってるくせにかぁ!!? 適当吹いてんじゃねぇぞ!!」
「だ、黙りなさい! 神殿にだって色々とあるので御座いますっ! 下界の人間が立ち入る領域ではありません!!」
「真面目ぶってんじゃねぇぞ食悦天使風情が! タダ飯食ってただけだろうがッ!! 請求書、神殿に送りつけんぞコルァ!!」
「言ってはならない事をッ!!」
折角、収まったと言うのに、再び勃発する殴り合い。
しかし、今回は最上位天使と理不尽改造人間の割りと本気の喧嘩とあって、ほとんどのメンバーは身を弁えて退避していた。
止められるであろうアリアは吐息一つで放置して上階に上がってしまうし、受付に戻った巴だけが、いつ混ざろうかと猫目を剣呑に細めている。
第五位階天使、エステリア。
征罰衆副長であり、総長に働く気が無い為に、実質的なトップとなっている。
しかし、世俗に染まった結果、仕事をサボタージュしてタダ飯を食べてばかりいる駄天使となってしまっていた。
神殿からの連絡を意図して無視するくらいに。
堕落の病は天使にも伝染するのだと示している貴重な実例と言えよう。




