第五話:過去の隠滅
「取り敢えず、こいつの麻痺は30分くらいで解けるから、その前に移動しちゃおうぜ?」
「殺したりはしないのね」
「必要もないからな」
ツムギは語る。
「アムドラ……ああ、こいつはアムドラっていう種なんだけどな?
こいつの肉はやたら硬くて不味い。
食えたもんじゃねぇ。
外殻とか骨は、それなりに良い値段で売れるけど、かさばって持ち運びには不便だからな。
人里から離れてる此処じゃ、あまり良い獲物とは言えねぇ」
「だから、放っておくの?」
「甘いと思うか?」
「いえ、良い判断だと思うわ」
無益な殺生は、ルセリの好む所ではない。
戦時に生まれ育った彼女ではあるが、だからこそ意味のある殺生こそが重要なのだと考えるのだ。
「それで、移動する前に確認なんだけど、ここがあなたの元居た場所で合ってるかしら?
最後があれだったでしょ?
ちょー……っと、心配なのよね」
「大丈夫だと思うぞ。
場所も時間も、多分、そうずれてない」
答えると、ルセリは笑みを見せる。
「そう。それは良かったわ。
流石は私が造った装置ね!」
自画自賛した彼女は、周囲を見回す。
遺跡を見たルセリは、顎に手を添えながら、ツムギに訊ねる。
「ねぇ、ここってどういう場所なのかしら?」
「見ての通り、古い遺跡さ。
イザニーア遺跡って言うんだが……」
「そう。イザニーア研究所跡地……なのね。
だから……」
旧文明時代を知るルセリは、名称を聞いただけで、ここの本来の姿を思い出す事が出来た。
イザニーア研究所。
かつて、ルセリが専攻していた時空間研究の一翼を担っていた施設だ。
そこには《アーク》の実験用プロトタイプも保管されていた筈だと記憶している。
おそらく、ツムギが転移してきたのは、そういう理由なのだと判断した。
プロトタイプの何かが誤作動を起こし、幸か不幸か、丁度居合わせた彼が《アーク》へとやって来たのだ。
少しばかり思考の海に沈んでいた彼女は、神妙な表情で顔を上げる。
「ねっ、ここ、完膚なきまでに破壊しておきたいんだけど、良いかしら?」
「あん? まぁ、誰の物って訳でもないし、別に良いんじゃないか?」
「そ。なら良かった」
何処か寂しげな笑みを浮かべると、彼女は小さな装置を取り出して、適当に投げ捨てる。
途中で展開したそれは、ぶつかった壁に張り付くと赤い光を点滅させ始める。
「さっ、行きましょう。ここに用はないわ」
「……応。そんじゃ、まっ、マザー大先生を探しに行きますか!」
ルセリが何を投げたのか、ツムギの知る所ではないのだが、彼は訊ねる事はしなかった。
彼女がもういいと言うのだから、それで良いのだろう。
どうせ何らかの破壊武器だと当たりを付けた彼は、いまだ動けずにいるアムドラを引きずって避難させながら、ルセリと並んで遺跡を脱した。
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彼らが去って暫くして、猶予時間を終えた装置が起動した。
漆黒。
全てを飲み込む、携行兵器最強の威力がその場を席巻した。
超重力手榴弾《奈落》。
ブラックホールを生み出すという、歩兵が持つにはあまりにも過剰に過ぎる威力を持った携行武器だ。
効果範囲、及び発現時間をしっかりと制限されていなければ、星一つ飲み込む事さえ可能という馬鹿の極みである。
人工的に生み出された超重力の星は、周囲一帯に存在しているあらゆる物を、光さえも逃さずに取り込んでいく。
やがて、遺跡の全てと念には念を入れて、その周囲を飲み込み、半球状に大地を消し去った所で、漆黒の球体は消えた。
あとには、生命の息吹を感じさせない、神の怒りとさえ思えてしまう、あまりにも凄惨な大地が広がるばかりだった。
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「おぉー、こわっ」
背後で起こった出来事を感じ取ったツムギは、ぼそりと呟く。
「ん? 何か言った?」
「いや、何でも」
あれだけの破壊を撒き散らしておいて、何の懊悩も感じさせない笑顔で訊ねてくるルセリを見て、ツムギは適当に首を横に振って内心で反省した。
(……あんま怒らせるのはやめよ。殺される)
彼女は間違いなく、過去の超文明期、神々が脅威を感じて滅ぼさざるを得なかった人類最高にして最悪の時代の住人なのだと、改めて実感したツムギだった。
ちなみに、アムドラはその辺に投げ捨ててきた。
あまり天敵のいない種族であるから、暫く動けずに放置されていても、きっと生き残ってくれるだろう。