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旅の終わり……  作者: 方丈陽田
第二章:
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第二十九話:嫌いな相手

 崩れ落ちたツムギの背後では、喧嘩は収まっていた。

 それぞれに散らかった室内の片付けを始めている。


 彼の放った怒気が原因だ。

 それは、恐れをなした、というのではなく、場が白けてしまった、という空気だった。


 彼らのどれだけがそうなのかは分からないが、本気であれば、ツムギの尋常ならざる覇気を前にしても戦意を保てるのだろう。

 少なくとも、神の代理人であるアリアや第五位階という最高位の天使などは、臆する事はないとルセリは見る。


 だが、それはあくまで命を賭した殺し合いの場であれば、だ。

 じゃれ合いの様なお祭り騒ぎでまで、そうする必要はない。


 だから、彼らは矛を収めた。

 端的に言えば、飽きたのだ。


「……何をしている。さっさと来たまえ」


 低い声が届いて、ルセリは遅まきながらに気付いた。

 騒ぎを一切気に留めず、ヴェレルが奥へと続く扉の前にいた。


(……あれはあれで、マイペースね)


 常識人の様ではあるが、それも行き過ぎれば変人である。

 あまりにも周囲を気にしない様子は、冷徹な観察者の様であると彼女は感じた。


 ルセリは、小走りでヴェレルの後を追う。


「……あの小僧は、よほど貴様にご執心のようだな」

「……、そうなのかしら?

 想われている、っていうのは分かるんだけど」


 一瞬、ルセリは、自分に話しかけられているとは気付かず、僅かな間を空けてから答える。


 彼からの恋慕は分かる。

 気持ちよいほどにストレートだ。

 思わず、身を任せたくなる程に。


 だが、恋愛というものから距離のあった自分の立場や時代背景として、あれが一般的なのかどうかがいまいち分からない。


 首を傾げる彼女に、ヴェレルは続けて言う。


「そうとも。

 あの小娘を、あれ程に打擲する事は今までにない。

 あれを毛嫌いしていようとな」

「……ふぅん。

 あの子って、ツムギとどういう関係なのかしら?」

「気になるか?」

「いえ、実はあんまり」

「ならば、答えよう」


 ひねくれているな、と苦笑せずにはいられない。


「あの小娘は、この国の王女殿下だ。

 そうは見えんだろうがな」

「……ああ、あの子が」

「知っているか?」

「入国した直後に、妙にお行儀の良い盗賊団に襲われたわ」

「ああ、あれか……。

 まぁ、それだ。

 アホらしい組織だが、あれはあれで役に立っている。

 彼女はその元締めだ」


 若干、呆れた気配で肯定した後、彼は言葉を続ける。


「そして、このギルドの前身、冒険者パーティ『トラブルバスター』に救われた張本人だな。

 その関係で、ツムギという小僧に惚れ込んでしまっている」

「へぇー。純愛ね。

 王道のラブストーリーって感じ」

「物語ならそうなのだろうが、ここは現実で、あの小僧は告白を一刀両断で断った」

「あらら。何でまた?」

「神の力であるギフト持ちだから、だそうだ」

「…………それはまた」


 もうどうしようもない話だった。


 この世界は、既に神の管理下にある。

 ギフトで紐付けされていない存在である、ツムギやルセリが例外なのであって、他の存在は全員が全員、ギフトを持っているのが当たり前である。


 ツムギは、神を嫌っている。

 今の境遇を受け入れ楽しんでいるとはいっても、過去の事を忘れた訳ではない。

 自分を見捨てた神々は、唾棄すべき存在であり、その影響下にあるギフト持ちも、神々本体ほどではないにせよ、本心から嫌悪していた。


 そんな存在と好き合うなど、彼の価値観ではあり得ない。

 友人関係が、ギリギリで許容できる範囲だった。


「それで終わっていれば、話はごく単純だったのだ」

「……まぁ、あの様子じゃ続きがあるんでしょうけど」


 うむ、とヴェレルが頷く。


「小僧を諦めきれなかった娘は、己が持つギフトを破棄したのだ」

「…………は?」


 言われた言葉が、一瞬、理解できなかった。

 暫し、考え、悩み、首を傾げ、ようやく理解の及んだルセリは、訊ね返した。


「え、そんな事できるの?」


 ツムギの様に最初から持っていない、というのならば、何らかのバグだと理解する事も出来る。


 しかし、破棄が出来るとは全く思えなかった。

 人の脅威を思い知った神々が、首輪を外すなどという反逆行為を許すなんて、かつて明確に敵対していた身からすれば、有り得ないと断言するような話である。


 だというのに、ヴェレルの返答は肯定だった。


「……まぁ、出来なくはない、という所だな」

「うっそぉ……」


 絶句するルセリに、補足する言葉が届く。


「但し、絶望的な苦痛が伴うがな」

「あ、やっぱり?」

「当たり前だ。

 ギフトとは、魂に根差す力だぞ。

 それを取り出そうというのだ。

 文字通り、魂を千々に引き裂かねばならん。

 それがどれ程の苦痛か、想像するまでもないだろう」

「……まぁ、そうね」


 銀河帝国においては、魂の研究解析も終了していた。

 そうでもなければ、死神の権能を代行するタルタロスシステムなど、作れる筈もない。


 だから、その副産物として魂への麻酔などという超技術もあったのだが、今の時代ではそんな物を望める筈もない。


 無麻酔で魂を引き裂いて、その構成要素を抽出すればどうなるのか。


 ルセリは、過去の研究資料を思い出して、小さく感想を漏らした。


「よく、廃人になっていないわね」


 ほぼ百%、廃人になっていた。

 その致死の壁を乗り越えて、あの少女は自己を保っているというのだから、もはや驚かずにはいられない。


「本人曰く、愛の力らしいがな」

「そんなもので乗り越えられる苦痛ではないと思うんだけど……」

「私もそう思うがな。

 他に要因もないから、そう思っておくしかない。

 他の実例もないしな。

 ともあれ、そこまでしてあの娘は、小僧に寄り添いたいと思ったのだ。

 それが、小僧には気に入らなかった」

「……どうして?」


 自分と同じ位置にまで降りてきたのだ。

 神の軛から抜け出した存在として、受け入れそうなものである。


 そう思ったルセリの問いに、ヴェレルが答える。


「持てる者が、それを捨てて落ちてくるのが、馬鹿にしていると思ったらしい」

「……また子供っぽい意地ね」


 思わず半目になって、端的にこき下ろしていた。


「全くもってその通りだな。

 そういう訳で、小僧はいまだにあの娘の事を嫌っているのだ」


 だが、と彼は言う。


「それでも、根元では嫌いきれないのだろうな。

 なんだかんだで、小僧はあれの相手をしている」

「そうなの?」

「あれは、嫌いな相手はとことん無視するし、度が過ぎれば何もかもを無視して叩き潰す。

 そうしていないという事は、つまりそういう事だ」

「……ふぅん。そうなんだ」


 話をしている内に、目的の部屋に辿り着いたらしい。

 ヴェレルが扉を開き、ルセリを中へと招く。


「あんなどうでも良い奴の話はここまでだ。

 続きや真実の部分が聞きたくば、本人に訊ねる事だな」

「さっき、大して興味がないと言ったと思うけど?」

「そういえば、そうだったな」


 軽口を叩きながら、ルセリは中へと入った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 嫉妬…はないですよねそうですよね分かってました これでやべぇのはツムギだけじゃないってバレちゃったけどどう関わるんだろ? 次回更新まで楽しみにしときます!
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