第二十八話:怒髪天
やる気が復活してきたので、再開します。
よく響いた叫びに、ルセリはまた新しい乱入者か、と、野次馬根性で振り返る。
喧嘩の余波で砕けた入り口から覗く表通りに、その声の主はいた。
橙色の髪を持つ少女だ。
肌を多く露出した軽装をしており、剥き出しの四肢は健康的な肉の付き方をしている。
強気そうな顔立ちは整っており、可愛らしい美少女のものだ。
但し、その顔が今は怒りと憎しみに歪んでいたが。
彼女の視線は、真っ直ぐにルセリを捉えている。
背後を確認するが、誰もいない。
勘違いという訳ではなさそうである。
「……ミー?」
つい、間抜けに確認してしまうが、それに対する答えは返ってこない。
代わりに、怨み節が叫びとなって響き渡った。
「この泥棒猫め!
人の男に手を出すとは許されざる蛮行っ!
愛・人、死すべし!」
一方的に言うだけ言って、少女は腰後ろから大振りの短剣を抜き放った。
肉厚のそれは見るからに凶悪で、人を殺すには充分過ぎる殺傷力が感じられた。
(……ああ、ツムギの関係ね)
ルセリは、少女から叩き付けられる殺意と怨嗟を受け流しながら、冷静に状況を理解した。
彼女はツムギに恋慕しているのだろう。
あり得ない話ではない、と思う。
ルセリから見ても、ツムギは充分にカッコいい男である。
外見は精悍な青年であるし、少々行き過ぎているが、気配りも出来ている。
ギフトがない事が今の世界の在り方からすればマイナス要因なのだろうが、それを補ってあまりある能力を持っているし、何よりこの国においては英雄らしいのだ。
女の子の一人や二人、引っ掛かってしまっても仕方ないだろう。
そして、そんな引っ掛かってしまった少女が、ツムギが誰に憚る事なく愛を囁く自身の事を聞き付け、略奪愛と見たのだと思われる。
ルセリからすれば、理不尽な話だ。
彼女は、ツムギの告白に応える気はないし、そうと本人に言っている。
にもかかわらず、往生際悪く愛を語り続けるからこそ起こってしまった事態なのである。
(……後でしばかないと)
下らない愛憎劇に巻き込まれたルセリは、心の予定表にツムギの折檻を書き込んだ。
ともあれ、目の前の危険である。
短剣を片手に、少女は地を這うような低姿勢でルセリへと突っ込んで来ていた。
その速度は高く、ナチュラルなルセリの視力では、その影を追うだけで精一杯であった。
だが、彼女の強みは、自身の能力とは別の所にある。
視力と同期した演算機は、入力された情報をもとに即座に少女の動きを弾き出す。
その結果を、コンタクトを通してルセリの視界に表示していた。
コンマ数秒後の少女に合わせて、ルセリは光剣を起動させた。
狙うは、彼女が持つ短剣だ。
若く愛らしい少女を傷付ける事は、ルセリの本意ではない。
安全に無力化できるならばそれに越した事はないのである。
宇宙戦艦の装甲すら切り裂く実体無き刃と、肉厚の鋼の刃が交差する。
「「ッ!?」」
驚きは、両方の女性から発せられた。
ルセリは、光剣の刃でたかが短剣を切り落とせなかった事に。
少女は、神器級の短剣が、一瞬にして赤熱し、僅かながら歪んだ事に。
しかし、驚きは驚きとして、二人の動きは止まらなかった。
僅かばかり歪んだとはいえ、まだ武器として使用可能だと判断した少女は、そのままルセリへと切りかかった。
(……これは……躱せないわね)
対するルセリは、一撃を貰う覚悟を決めた。
彼女の反応速度では、既に新たな兵装を展開して迎撃するには遅過ぎる。
更に、回避行動に移っているものの、それでもやはり完全に躱すには足りない。
なんとか首を落とされる事を避けるだけで精一杯だ。
だから、ルセリは首を半ば断たれても大丈夫なようにした。
(……神経遮断。代替伝達路――確保。
血管封鎖。臨時流路――解放)
戦闘用ではなく、簡易的な処置だったとはいえ、終末戦争時に肉体改造をした身の上である。
多少の損傷程度ならば、問題なく活動可能なように出来ている。
神経や血管を一時的に遮断し、別の部位から供給していくシステムくらい、搭載しているに決まっている。
多少程度ならば、今の時代の人間の常識は聞いている。
今の時代の人間は、首を切られればちゃんと致命傷になるとの事だ。
ならば、その隙を突こうとルセリは判断した。
首を半ばまで断ち切られた後に、勝利を確信して緩んだ所に痛撃を加えてやろうと準備を整える。
下から打ち上げられる少女の斬撃を、ルセリは身体を倒すようにして躱していく。
その動きは想定通りに間に合わず、鋭い一撃が彼女の細首へと吸い込まれる。
寸前。
凄まじい怒気が場を席巻した。
「調子こいてんなよ、メスガキが」
ルセリの薄皮一枚を切り裂く直前で、割り込んでくる者がいた。
ツムギである。
彼は、神の権能によって深く損傷した肉体を、全力で急速修復しながら瞬発し、少女の顔面を足裏で容赦なく蹴り飛ばしていた。
ちょっとヤバい勢いで首が後ろに折れる少女。
それだけでは威力を殺しきれず、後ろ向きに縦回転しながら、彼女は外に向けてすっ飛んでいった。
全くバウンドする事なく、地面と平行に吹き飛んだ少女は、表通りを挟んだ対面にある建物に突っ込み、崩れた瓦礫に埋もれて沈黙した。
「おう、ルセリ。
悪いな。俺の不始末だったぜ。
存分にお仕置きをしてくれ!」
「……その一言で、やる気が失せたわ」
「そんな……!?」
愛しの女性からお仕置きして貰える事を期待していた彼は、この世の終わりの様な愕然とした顔をするのだった。




