第二十四話:旅の始まり
樹海都市『ラビリンス』。
元々は、ユグ・ナ・メイズ王国首都『ラビリス』であったのだが、とあるエルフが世界樹を勝手に植樹した事で、この大いなる自然の中に呑み込まれてしまい、今の形となった。
この都市には、一般的な城壁のような囲いは存在しない。
『ラビリス』時代には、魔物や盗賊の侵入、あるいは他国からの侵略を退ける為に造られていたのだが、『ラビリンス』となってからは、世界樹の根によって破壊されて以降、再建されていないし、その予定もない。
というのも、諸悪の根元である世界樹の根が複雑に入り組み、天然の城塞と化しているからだ。
やたらと頑丈な上に、自動で修復される機能を備え、更には触れるだけで骨も残らず喰い尽くす城壁など、どんな国でも装備していない強力無比な壁である。
侵入路は極端に限定されており、そちらを気にしておけばそれだけで良いという、侵略者泣かせの難攻不落さを実現しているのだ。
無論、一部の強者ならば、根を掻き分けて侵入する事もできるだろうが、そんな者相手では、通常の城壁では意味をなさない。
その為、再建するだけ労力の無駄であると判断され、現在は取り壊されて、邪魔にならない場所に城壁跡地という歴史が残されているだけだ。
もっと現実的な理由として、ただでさえ世界樹の根が邪魔で利用できる空間が限定されているのに、城壁で圧迫する訳にもいかないだろうが、という悲しい理由もあるが。
ともあれ、そんな状態なので、ラビリンスへの出入りもザルだ。
都市の境界すら曖昧なので、仕方のない事である。
強いて関所の役割があるとすれば、それこそ国境のみがそれに当たるという有り様となっている。
ツムギたちは、その特殊な様式に助けられ、何の問題もなくラビリンスの中へと入っていた。
「…………何と言ったものか、とても特徴的な町ね?」
「ふっ、大変にオブラートに包んだ表現を有り難う。
もっとはっきりと、頭の悪い町だと言ってくれて良いのだぞ?」
「……うん。まぁ、うん」
少し躊躇いながら、やっぱり頷くルセリだった。
町並みは、世界樹の根が横切っていたりする以外は、石造りが基本となる如何にもな古代の風情を漂わせている。
道行く人々は、基本的には人間が多い。
文明レベルに即した服装をしており、ルセリの目には時代劇の中にでも迷い込んだ気分になる。
ちなみに、ラピスのような奇抜なピエロファッションは見られない。
あれが一般的ではないという事に、ルセリは安堵を禁じ得なかった。
ヘリツィア王国については、状況が特殊なので比較対象として採用しない。
目抜通りでは、威勢の良い出店が並び、客の呼び込みを積極的に行っており、この上ない活気がある。
道行く人々の顔は明るく、良い国のようだ。
次いで多いのが、色白で笹のように長い耳が特徴的な人々だ。
おそらく、エルフという種族なのだろうと予測する。
まさに、娯楽小説にあるようなイメージ通りの姿である。
ツムギから時折名称が出ていたが、こうして目の当たりにすると果てしない時の流れを感じずにはいられない。
そして、その中に、獣の耳と尻尾を持つ、獣人と称すべき者たちが少数混じっていた。
獣の種類は多様で、猫や犬、狐や狸など、とても見ていて楽しい。
遺伝子とかどうなっているのか、ちょっと解析したいと思うルセリである。
ここまでは、まぁ、構わない。
多様性の一種と割り切ってしまえば、他人種がいるだけだと納得できる。
「…………定番では」
ルセリは、決して少なくない数が跋扈しているそれらを見ながら、言葉を紡ぐ。
「生者に憎しみとかを抱いているものだけど、どうなのかしら?」
それらは、所謂、アンデッドという存在だった。
肉も毛も一切付いておらず、白い骨が剥き出しというかそれのみで動いている怪生物(?)たちである。
どういう原理で動いているのか、甚だ疑問に思わざるを得ない。
眼窩には、怪しい赤い光が灯っており、それが瞳のような機能を果たしているのだろうか、などと考察する。
人型から獣型までおり、人型は側溝のドブ掃除や武器を持って警邏のような事をしており、獣型は馬車を引く労力として使われている。
どこの魔界都市なのか。
ルセリはドン引きである。
「あー、まー、普通のアンデッドはそうだなー」
曖昧に肯定するツムギに、彼女は追撃する。
「あいつらは違うの?」
「ああ、違う。
いや、元々はそうだったと思うんだが、今では、な」
「具体的に」
「あいつら、ネクロマンサー的な奴の下僕なんだよ、全員が。
んで、そいつが二十四時間年中無休でこき使うもんだから、全ての憎悪と怨嗟が主人に向かっててなー。
今のところ、そいつ以外にこいつらが危害を加えようとした事はないな」
「……ブラックな職場は、死して猶逃げられないのね。
人間社会の闇を見た気分だわ」
彼女は、しみじみと呟く。
きっと、旧文明の頃にも問題だったのだろう。
特に、あの頃は生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから、過労死上等で働かせられたに違いない。
取り敢えずは安全という事なので、ルセリはこれ以上は気にしない事にする。
いずれ、アンデッドの稼働原理を解き明かす事を心に留めながら。
そうして中心部に向けて進んでいくと、やがて世界樹の本体、根本から見ると壁のようにしか感じられない幹の側にまでやってきた。
向かう先には、幹に寄り添うように一つの大きな建物がある。
階数こそ四階建てであるが、敷地面積はかなり広く、どっしりとした印象を醸し出していた。
正面の重厚な扉の上には、一枚の看板が掲げられている。
鎌と金棒を交叉させ、それを二重の四角形、八芒星で囲った紋章だ。
ツムギが僅かに前に出て、門前に陣取り、ルセリへと振り返った。
彼は、得意気な顔で背後を自慢するように示しながら、告げる。
「ここが、俺の、俺たちのギルド、『騒動の種』だ!
ようこそ、歓迎するぜ! ルセリ!」
ここから、彼らの旅が始まる。
人物紹介第五弾。
名前:第五位階天使エステリア
所有ギフト:《征罰者》
ギフト説明:天使専用ギフト。下界存在と相対した際に、あらゆるステータスに絶大なるプラス補正がかかる。逆に、神格持ちと相対した場合は、絶大なるマイナス補正を受ける。
プロフィール:《征罰衆》の副長、統括官の補佐を務める第五位階天使。元々は融通の利かない堅物で真面目な性格だったのだが、ツムギにこっぴどくやられて以来、柔軟な思考をするようになった。彼を監視するという名目でギルドに居座っており、入り浸り過ぎて正式に登録していないにも関わらず、ギルド幹部のように思われている。柔軟になって以降は人間の文化を学ぶようになり、とりわけ食事に拘りを持つようになった。食悦。




