第二十一話:世界樹の苗木
「……少しだけ緑が生えてきたわね」
「世界樹の勢力圏に入ってきた証拠だな。
根性のある雑草なら、まぁ育たん事もない」
荒れ果てた荒野に、僅かに緑の色が混じり始めている。
久し振りの乾いた地面以外を踏みしめる感触に、ルセリの顔に笑みが浮かぶ。
それをほっこりとした気分で眺めつつ、ツムギが答える。
「ほら、見てみろ。世界樹の威容も中々の物だろう?」
「……そうね。びっくりするくらいの威圧感だわ」
近付いてきた事で、遠くに見えていただけの世界樹も視界を大きく占拠し始めている。
その様は、まさに世界を隔てる壁のようだ。
流石にそれは言い過ぎだが、印象としてはそれに近いものを感じる。
巨大な物体を見る事に慣れているルセリであっても、重力のある地上でこれ程の巨体を見た事はほとんどない。
比較対象が他にたくさんある状態で見ると、でかさこそ強さであると唱えていた者たちの気持ちも分かる程、圧倒される気持ちが湧き上がってきた。
「ねぇ、あれって、どれくらいの大きさなの?」
測定すればそれで済む話なのだが、ルセリは敢えて訊ねてみる。
「幹の直径は、最大幅で700メルテ弱だったかね?
高さは、10キルメルテをちょっと超えたくらいだった筈だぞ」
「あら、案外小さいわね。
側で見ていると、宇宙まで届いてそうにも思えたけど」
冗談ではなく、見ている限りではそれ程の印象を感じさせる代物だ。
笑いながらの言葉に、彼も笑って返す。
「そりゃ、本家の方だなー。
あっちはちゃんと宇宙まで届いてっぞ。
太陽の光を一心に浴びて、大陸が枯れ果てるほどに栄養を吸収して、のびのびと成長してる」
「ちゃんと、ってのも変な言葉ね。
普通、植物が宇宙まで届くなんてないわよ?」
少なくとも、旧文明時代であれば、当然の常識である。
どの星系のどんな惑星であろうと、そこまで植物が成長したという話は誰も聞いた事がないし、実際に存在した事はない。
遺伝子操作やら何やらで、造ろうと思えば造れたかもしれないが、それをするだけのメリットもリソースもなかった為、実現する事はなかった。
「まっ、そりゃそうなんだろうがな」
苦笑しつつ、一応はこの時代の生まれであるツムギとしては、そういうものだ、と納得できる程度の話である。
世界樹に限らず、訳分からん謎な生き物なんて、ごろごろしているのが今の世界なのだから。
「それにしても、どうしてその程度しか育ってないの?
それとも、まだ成長途中?」
同じ個体なのだから、目の前にある世界樹も宇宙まで届いても良いのではないだろうか、と思ったルセリは問いかける。
言っている途中で、まだ成長途上の可能性に思い至り、それもついでに訊ねた。
「いや、こいつはこれで頭打ち。
栄養が足りてなくてな。
これ以上は育たねぇ」
「ふぅん……。栄養不足、ね」
「応。
いや、ほっとくと大陸から根こそぎ栄養を吸い取っちゃうんだもの。
だから、うちの国土だけで収まるように結界を張ってあるんだよ」
それでも、世界樹の吸収力は完全に抑えきれる物ではなく、国境から少しばかりはみ出した範囲が枯れ果てている有様だ。
本気の結界を張れば、苗木くらいならば抑えきれるとは思うのだが、そうすると今度は人の出入りが難しくなる為、甘めの設定にせざるを得ないのである。
「結界、かぁ……。
バリアみたいなものかしら?
そういえば、お母さんも使っていたわね」
反物質砲を受け止めたラピスの術を思い出しながら、彼女は呟いた。
知らない技術体系に、ルセリの心が少しばかり高揚する。
知らない事を知る。
それこそが学者の楽しみだと、これから先に訪れる出会いにわくわくし始めていた。
「おっ、興味ある?
結界術に詳しい奴なら、うちのギルドにも二人くらいいるぜ?
かたっぽだけなら紹介してやろう」
「あら、嬉しいわね。
でも、何で片方だけ?」
当然の疑問を投げ返せば、ツムギは心底嫌そうな顔をした。
「……そりゃ、おめぇ、もう片方はヤリチンのスケコマシ野郎だからに決まってんだろ?
可愛い彼女をそんな奴に紹介する筈がねぇ」
「彼女ではないけれど、確かにあまりお近付きになりたい人種ではないわね。
私の趣味的に」
ツッコミにツムギの膝を蹴り砕きながら、ルセリは納得する。
中々、痛快な音がした。
ツッコミにしては随分と過激だが、相手がツムギだから良いのだ。
何事もなかったように、普通に歩いているし。
「ふふふっ、ルセリの愛を感じるよ」
「ないものを感じるなんて、脳に障害があるのかしら?
それとも、風情を解さない蛮族と言って欲しい?
私の苛立ちを感じて欲しいのだけれど?」
うふふあはは、と朗らかに笑い合う。
ここ最近、既にパターン化したやり取りだ。
傍から見ると、ちょっとバイオレンス入った夫婦漫才にしか見えないが、ルセリは力一杯否定するだろう。
内心では、こんなやり取りを楽しく思っていても、だ。
そうして、愉快に、時として暴力を挟みつつ、並んで歩いている内に、まばらだった草がやがて草原と呼べるほどの密度になった領域へと入っていた。
地面の一部からは、うねる龍のような極太の根っこが見え隠れしており、あれが世界樹の根なのだとルセリの興味を惹く。
爽やかな風に乗って運ばれる緑の香りを楽しんでいると、前方から土煙が上がっている様が見て取れた。
遅れて、地響きのように連なる馬蹄の音が聞こえてくる。
「? 何かしら?」
「あ? 盗賊だろ?」
「あ、うん。
……いやいや、盗賊って」
あっけらかんと言い放つツムギに、ルセリはつい反射的に納得してしまった。
すぐに納得する事ではない、と気付いて首を横に振ったが。
人物紹介第二弾。
名前:草薙彩葉
人種:鬼人
所有ギフト:《メスゴリラ》
レベル:キングコング
ギフト説明:それは、脆弱な小動物を有り余るパワーで叩き潰してしまい、自ら落ち込んでしまう森の賢者の力。――by神
固有ギフト:《文字化け》
ギフト説明:自身のステータスに限り、それを文章として認識できる能力。それ以上の効果があると思ってんじゃねぇぞ! ペッ! ――by神
プロフィール:冒険者ギルド『騒動の種』の創始者の一人。世にも珍しき現代日本からの異世界転生者。前世において死亡した際に、地球神が開催する転生御籤に当選した事で、知識と人格を維持したまま異世界転生をする事となった。しかし、内政チートが出来るほど、現代知識に精通しておらず、転生した意味がほぼない。転生する際に神にチートスキルを強請ったのだが、功罪ポイントが足りずに、何の役にも立たないどころか、むしろ足を引っ張るスキルを与えられて、心底腹立たしく思っている。《文字化け》って何なんだよ! 使い方次第で性能が化けるのが定番だろ! 邂逅する事があれば絶対に神の野郎を殴ってやると心に誓いながら、普通に現地人として生きている。存在の全てがギャグだと、誰もに笑われては殴り倒す日々である。
イメージ像補足:薙刀を持たせているが、主武器は金棒。もしくは釘バットで。パワーオブパワーこそ大正義なり。なかったので、薙刀で代用。あと、鬼の角は左の額だけの片角。右は過去に折れたので。もっと長く鋭く尖っている感じが良いのですが、やっぱりなかったので普通の鬼角で代用。下駄を履かせたかったが、やはりないので断念。もうちょっと懐は着崩して、胸元のサラシが見えているとイメージ通りなのだが、やっぱり見つからないので諦めてしまう。




