第四話:猟師の妙技
人里から遠く離れた山間。
大自然に支配されたそこに、朽ち果てた遺跡が寂しく鎮座している。
原形など見る影もなく、動植物に好き放題に侵食されている姿は、時の流れという物を否応なく感じさせるものだ。
その上空に、光が走った。
虹色をしたそれは、高速で地面へと突き刺さり、周辺一帯を軽く揺らす。
「よっ、ほっ!」
その中にいた人型は、上手くバランスを取りながら、二転三転しつつも華麗に足から着地して勢いを殺す。
ツムギである。
巻きあがった粉塵を手で払いながら、彼は周囲を見回す。
「なんか最後に事故ったけども……まぁ、なんとか無事に到着できたのかな?」
パッと見た所、場所は合っていると思われた。
ツムギは空を見上げて、青空に目を凝らす。
彼の異常視力ならば、昼の最中であっても星の光を捉える事が出来る。
「星の位置を見る限り、時間もほぼ同じだろうな。
あー、良かった良かった。
ちょいと荒っぽいだけで何の問題もなかったな」
安堵の吐息を漏らした後、彼はもう一度周囲を見回す。
「で、ええと、ルセリは何処ぞいな?」
姿が見えない。
最後の瞬間の所為で、離れ離れになってしまったが、もしかしたら世界の隙間に漂流している可能性もある。
「いやいや、それはいかんぞ」
ツムギの顔に焦りの表情が浮かぶ。
せっかく惚れた女なのだ。
そこらのメスならば、そういう事もある、と適当に無かった事にするのだが、彼女を見捨てるにはあまりに惜しい。
どうにかせねば、と思うが、どうしよう、と途方に暮れる。
「……世界に穴を開けてみるか?
やった事は無いが、頑張れば行ける気がする」
シュッシュッ、とシャドーボクシングを行うツムギだが、彼の心配は杞憂に終わる。
彼に遅れて、上空に虹の架け橋が走った。
「おお、遅れていただけか。
心配かけさせやがって、全く……」
心からの安堵を吐き出した直後、ツムギの側……ではなく、背後にある原生林の中に虹は落ちた。
激震する。
バサバサ、と鳥たちが羽ばたいていき、高く粉塵の柱が立ち上った。
そして、ついでに悲鳴が聞こえた。
「えっ!? ちょっ! キャアアアアァァァァァ……!!」
『ギャオオオオオォォォォォォ……!!』
絹を裂く乙女の悲鳴と、そんな悲鳴を追いかける獣の咆哮がほぼ同時に大自然の中に木霊する。
「うむ、元気なようだ」
この辺りに凶暴な獣はいたかな? と首を傾げて考えている内に、木々を粉砕する音を背景に、ルセリが森の中から飛び出してくる。
それに遅れて、分厚い岩の様な鱗を纏った四足の獣が彼女を追って走り出てきた。
「あー、アムドラかー。
そういや、この辺りでの目撃情報もあったなー」
地竜アムドラ。
地属性の竜族であり、全身に岩の様な質感をした鱗を分厚く纏っている。
下位種であり、魔法やブレスは使ってこないが、見た目通りに頑丈な身体と、意外な俊敏性が合わさり、突進の威力は脅威であり、その姿はまさに動く要塞そのものである。
基本、こちらから手を出さなければ温厚なのだが、おそらくルセリはアムドラの巣に落っこちてしまった事で、怒らせてしまったのだろう。
「おーい。ルセリー、こっちこっちー」
手を振って存在感を示せば、ツムギの存在に気付いた彼女は、途端に鋭い視線で彼を睨むと、急激に方向転換してツムギへと向かってくる。
それを好意的に解釈したツムギは、両腕を広げてそれを迎える。
「さぁ! 俺の腕に飛び込んでおいで!」
「馬鹿言ってないで何とかしなさいよッ!」
「ふぐっ!」
地を蹴ったルセリは、待ち受けるツムギの顔面を思いっきり踏みつけて、更なる跳躍へと繋げる。
ツムギは仰け反り、そのまま大地へと倒れ込んだ。
「おぶぶっ!」
その上を、アムドラが容赦なく駆け抜けていった。
「使えない男ね!」
踏み潰されたツムギへと文句を投げつけながら、着地したルセリは反転する。
ベルトから金属でできた円筒形の装置を引き抜きながら、彼女はアムドラに向かってそれを構える。
「もう自分で頑張るわよッ!」
彼女は科学者であり、兵士ではない。
戦闘訓練を受けているどころか、喧嘩すら碌にした事もない。
その代わり、彼女には優れた技術がある。
肉体は簡易の強化処理を施されているし、強化外殻の準備もしてある。
装備だって携行武器の中では最上級の物を用意しておいた。
だから、そこらの獣如きに後れを取るものではないのだ。
円筒形装置のスイッチを入れようとするルセリ。
だが、その前に、
「あ、あら?」
何故か、アムドラが足をもつれさせ、地に倒れ伏した。
勢い余って地を滑り、ルセリの前で停止する。
『カッ……カッ……』
息はあるようだが、動く事が出来ないらしい。
どういう事なのか? と疑問に思っていると、アムドラの陰からひょっこりとツムギが顔を出した。
「おぃーっす。大丈夫かー、ルセリー?」
「え、ええ。何とか無事よ。
……これ、あなたが? 何をしたの?」
アムドラを示しながら問いかけると、彼はにかっと快活に笑いながら答える。
「ツボを突いたのさ」
「ツボ?」
「そ。
神経とか筋肉とか、身体を動かす為に必要な部位を麻痺させるツボ。
ショック・ハント、っていう猟師の技なんだけどな」
ツムギの説明に、ルセリは唖然とせざるを得ない。
「りょ、猟師の技なの? そんなのが?」
「応。
ほら、食肉って鮮度が大事じゃん?
でも、人里から離れた奥地とかで獲物を仕留めると、鮮度落ちちゃうだろ?
となれば生け捕りなんだが、それだと運んでる最中に獲物が暴れるかもしれないし、その結果、自分が怪我したり、獲物に逃げられちゃうかもしれないし。
麻酔でも使えば良いかもしれんけども、大型獣を抑えられるレベルだと、食肉用には適さなくなっちゃうからな。
そこで編み出されたのが、ショック・ハントさ!」
「……言いたい事は分かるんだけど、対象の体構造をよほど熟知してないと、とてもできない芸当よ、それ」
それに、個体差という物もある。
生き物なのだから、全てが全て、完全に同じように成長する訳ではないのだから。
その差さえも一瞬で見抜いて撃ち抜くなど、神業と言っても過言ではないだろう。
ツムギは、そんな神業をすれ違い様に踏み潰されながら行ったのだ。
ルセリは、彼の事をまだまだ甘く見ていた、と内心で評価を上方修正する。
「まっ、実際に難しい技術ではあるんだがな。
本気でこんなのをやってるのなんて、そう多くないよ。
俺は、まぁ、暇だったからな。
遊びで極め始めたら、どうにもハマっちゃって」
「遊びでって……遊びで極めるような物じゃないと思うけど。
まぁ、良いわ。
ありがと。助かったわ」
「よせやい。
元々は俺が集中切らしたせいだろ?
助けるのは当り前よ」
ルセリが素直にお礼を述べれば、ツムギはバツが悪そうに苦笑しながら手を振った。