第十九話:入国審査
「はっはっはっ、いやー、本当に申し訳ない」
「いや、はっはっはっ、じゃねぇよ、テメェおい」
関所前で、警備の兵たちが揃って正座して、ツムギへと謝っていた。
気づかなかったとはいえ、国の英雄に対して刃を向けたのだ。
その行為そのものは正しいだろう。
その割に、言葉には真摯さというか誠実さというか、そういうものが籠っていなかった。
結局、ツムギと彼らで戦闘になった訳だが、それはいまいち戦闘の体を為していなかった。
なにせツムギが拳を振るうだけで、警備隊の者たちは面白いように吹っ飛んでいくのだ。
しかも、豪快な動きとは裏腹に、繊細にショックを打ち込んでおり、吹っ飛びされた者たちは一様に立ち上がれなくされていたのである。
これほど鮮やかなショック・ハントができる人物など、彼らは真偽不明の噂を含めてさえ一人しか知らない。
一人いれば充分である。
途中でツムギの正体には気付いていた警備隊だが、それはそれとして全滅するまで戦闘らしきものは続けられた。
「つーかさ、最後の一人までやり続けるって何なの。
気付いてたろ、絶対、途中で」
「いやー、まぁ、はははっ。
いつも通りの訓練の一環かと」
「……あー、いや、それは俺たちが悪い……のか?」
代表として隊長が発した答えに、彼はバツが悪そうに顔をしかめていた。
やがて、嘆息して気持ちを切り替えたツムギは、頭をかきながら告げる。
「まぁ、なんだ。
ほんっと、ただ通りたかっただけなんだわ。
良いよな?」
「ええ、ええ。構いませんとも。
ツムギ殿を遮る門など、この国にはありませぬ故」
そう言いながら、隊長はちらりと背後を見やる。
そこには、退屈そうにしているルセリがいた。
隊長は瞳に警戒を映しながら、問いかける。
「彼女はお連れ様ですかな?」
「俺の嫁だッ!」
「違うわよ?」
否定のツッコミと共に、人の頭大の石が飛来し、ツムギの後頭部を撃ち抜いた。
石が粉々になるほどの剛速球である。
ぱたりと倒れるツムギだが、ルセリも警備隊の面々も、誰一人として心配するような素振りは見せない。
彼はしくしくと泣いている。
「初めまして。
私は、ルセリ。ルセリ・アルトンよ。
ツムギに招かれて、このユグ・ナ・メイズ王国に来たわ」
「……ほぅ」
感心したように、隊長が声を漏らす。
国民、特にこの国においては最も信頼を勝ち取っている――それこそ王族以上に――冒険者ギルドの者たちに招かれて、国を訪れる者というのはたまにある事だ。
それ自体は珍しくもない。
しかし、〝ツムギ〟に招かれて、となると話は別である。
彼の人嫌いは有名な事だ。
この国の民ならば、誰しもが知っているような事である。
それを証明するように、彼が連れてきた人間というのは、国を取り戻した際に組んでいた冒険者パーティである三人しかおらず、ギルドご設立されて以降は誰もいない。
これまでは。
そんな彼が、自ら人を連れてくるなど、とても意外な事である。
本人が同行しているのだから、詐称している訳でもなかろう。
信じられない現実が起きていると理解した隊長は、嬉しげにルセリに対応する。
「ようこそいらっしゃいました、アルトン殿。
申し訳ありませんが、記録は作らねばなりませんので、少々、お時間を頂けないでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
ルセリも笑顔で応じ、連れ立って関所の中へと入っていく。
嘘泣きしているツムギは放置された。
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「えー、では、まずはお名前は……ルセリ・アルトン、でしたね?」
「ええ」
客人用の部屋に招かれたルセリは、応対の文官の確認に、気軽に頷いた。
質の良いソファに導かれ、香り豊かなお茶と美味しい茶菓子を出された上で、丁寧な対応をされているのだ。
邪険にする理由がない。
「ご出身は?」
「銀河帝国。
テュレイス星系第四惑星フェムト、の人工衛星ミザリーで生まれたわ」
「知らない土地ですねぇ。
ここから遠いので?」
「そうね。随分と遠い場所にあるわ」
雑談混じりの審問に、笑いながら彼女は答える。
確かに、この星のどんな国よりも遠いだろう。
なにせ、星系自体が違う。
軽く云万光年は離れている場所だ。
何を造るか、まだ決めてはいないが、たとえ恒星間航法を再現したとしても、二度と訪れることはないだろう。
特に思い入れもない事だし。
「入国目的は何でしょうか?」
「ちょっと広目の土地が欲しいのよ。
ツムギに相談したら招かれた、って感じね」
「成程。滞在期間はいか程で?」
「未定よ。
気に入れば、それなりに長くいると思うわ」
ラピスを打倒する為には、生半可な武装では足りない。
腰を据えてがっつりと用意してやらねばならない。
となると、必要とされる時間も必然的に多くなる。
ルセリは、短期決戦を既に諦めているのだ。
その後も幾つかの質問を重ねていき、遂に終わりが見える。
「では、最後に。
アルトン様のギフトは、何でしょうか?」
この時代においては、最もプライベートに関わる問い。
これに答えたくないが故に、国境を跨ぐ事を断念するという者もいる程の重要な質問だが、古の民であるルセリには関係のない事だ。
特に躊躇することもなく、あっけらかんと答える。
「持っていないわ」
「は?」
「だから、持ってないの。
私は生まれてこの方、ギフトなる物を所有した事がないわ」
文官の目が細まる。
ギフトとは誰もが持っている物だ。
それが強大か否かに問わず。
その常識を真っ向から否定する回答に、警戒を抱かないのは入国審査を行う身として、あまりに不適格であろう。
失敗したかな、とルセリが内心で思っていたが、しかし数秒で警戒心は解かれ、書類を書き上げる文官。
彼は記入漏れがない事を確認すると、ルセリへとにこやかな笑みを向けた。
「以上で審査は終わりです。
長々とお付き合い下さり、誠に有り難う御座いました。
ようこそ、ユグ・ナ・メイズ王国へ」
そう言って、片手を差し出した。
一拍遅れて、それが握手を求めているのだと気付いたルセリは、少し慌ててその手を取りながら訊ねる。
「……こちらこそ、丁寧な対応をありがとう。
ねぇ、一つ、訊いても良いかしら?」
「どうぞ」
「ギフトがないって事、不審に思わないの?」
秘密にしたいから適当な事を言っている、と考える事もできるだろうに、そうはしなかった。
その理由はどこにあるのか、と彼女が訊ねると、文官は苦笑して言った。
「ははっ、簡単な事です。
ツムギ殿が連れてきたから。
これで納得できます。
彼はギフトを持つ者が嫌いですからね」
だから、人が嫌いなのだ。
須くギフトを持っているから。
だから、納得できる。
ギフトを持っていないからこそ、ルセリは気に入られたのだと。
彼の言葉を理解したルセリは、納得を示した。
「成程、ね。
よく分かったわ。ありがとう」
「いえいえ、大したことではありませんとも。
お客様をもてなすのも、国境警備の仕事ですので」
一拍置いて、彼はもう一度言う。
「ようこそ、ユグ・ナ・メイズ王国へ。
良い思い出ができます事を、願っております」
そうして、ルセリは正式にユグ・ナ・メイズ王国へと足を踏み入れるのだった。




