第十八話:顔パス、失敗
そうして、遂に二人はユグ・ナ・メイズ王国の国境手前にまでやってきていた。
今、彼らが歩いているのは、隣国との間に広がる緩衝地帯である。
どちらの国土でもあり、どちらの国土でもない、曖昧な土地だ。
総じて、そういう場所は、危険な魔物の生息地であったり、あるいは資源も無ければ土地も痩せている、何の価値もない場所だったりする。
今回の場合は、後者であり、遠くまで見通せる一面の荒野が広がっている。
向かう先、ユグ・ナ・メイズ王国の方向には、遠くに小さく国境砦が見えており、更にその先には巨大な樹木が天に向けて起立していた。
「あれは何よ?」
とても自然物とは思えない樹木を見ながら、ルセリが訊ねる。
「うははっ、我が国名物、世界樹……の苗木だ」
大抵、目撃した誰もが訊ねる問いに、ツムギは笑いながら答えていた。
「うちのギルドにいるアホエルフがな、外界にある世界樹の枝を折ってきてな。
勝手に植樹しやがったんだ。
おかげで、この辺は栄養が全部吸われていつまで経っても荒野のまんまよ」
「ああ、これってそういう……」
足元の荒れ果てた大地を蹴っ飛ばしながら、ルセリは納得する。
あのような天を突く巨樹が必要とするエネルギー量を考えれば、周辺一帯の栄養が枯渇してしまう事も理解できる。
「じゃあ、国土までずっとこのままなの?」
「それが違ったり。
世界樹の根元は、意外と肥沃なんだ。
どういう訳なんだかな。
なもんだから、うちの国はその辺りが勢力圏って訳よ。
まぁ、国土自体はもうちょっと広いんだが」
「ふぅん。
……全く、ヘンテコな物ばかりで、今の時代は面白いことこの上ないわね」
単純な大きさならば、遠くに霞む巨樹よりも、更に大きなものを幾らでも造ってきた。
ルセリの時代には、星さえも人造できたのだ。地上の一国に収まる程度の物など、むしろ小さい方である。
とはいえ、自然的に発生しているとなれば別だ。
巨大構造物は、当然、自重との戦いである。
鯨が陸地に上がれば、自らの重さに潰されてしまうように、あれ程に巨大となれば根元にかかる負担はとんでもない事になる。
それを支え切れるだけの強度や構造が、あの巨樹にはあるというのだろう。
しかも、あれはツムギによれば、苗木だという。
ならば、本物の世界樹はどれ程の巨体で、どれ程の強度を持っているのだろうか。
とても興味深い事である。
かつての価値観故に、主要な素材は鉱物資源で考えていたルセリだが、ここは大胆に有機素材を用いても良いかもしれない。
そんな事を考え始めていた。
そうして話しつつ、ようやく国境砦へと辿り着く。
これまでは密入国及び密出国で国境を抜けてきたが、今度は正面から堂々と向かう。
なにせ、ユグ・ナ・メイズ王国においてツムギは国を救った英雄なのだ。
わざわざ身分証明など行わずとも、顔パスでどこでも出入りできるに決まっている。
と、本人が自信満々にのたまったからである。
「何奴だ!?
この砦を素通りしようとする怪しい奴め!
細切れにしてくれるわ!」
「……あれ?」
「駄目じゃないの」
気軽に挨拶しつつ素通りしようとすれば、道を塞がれて、槍を向けられた。
しかも、ぞろぞろと援軍がやってきて、完全に囲まれてしまう。
首を傾げるツムギに、ルセリは責めるようなジト目で囁く。
「い、いや、待て!
まだ慌てる時間ではない!
これは、……そう、何かの間違いなのだ!」
「……ふぅん?
じゃあ、とっとと説得しなさいな」
「オッケー!
おい、お前ら! 俺の顔を見忘れたか!」
取り囲む警備兵たちに大声で叫ぶと、間髪入れずに応えが返ってくる。
「お前など知らぬわ!」
「ええ!?
い、いや! おい、ちゃんと見ろよ!
俺だよ、俺! ツムギ様だぜ!?」
「ツムギ殿は十歳そこらの童だ、バカ者め!」
「あぁー……」
理解したツムギは、遠い目をする。
そういえば、普段は子供の姿でいたな、と今更のように思い出したのだ。
ルセリの好みに合わせて青年の姿でいるが、彼らはそれを見た事がないのだろう。
ほとんどなった事がないし。
「恰好を真似る程度の知能はあったようだが、調査が甘かったようだな、間諜めが!
成敗してくれる!」
もはや問答は無用だと、警備兵たちは殺意を以て殺到してくる。
「クックックッ……」
ツムギは笑う。
もう自分のミスだから、そうするしかない。
だから、自分に、そして愛しい人に刃を向けるという大罪を犯した彼らであっても、慈悲を与える。
「テメェら! 今一度、俺の恐ろしさを刻み込んでやるぜ……!」
暴力には暴力を。
早々に説得を諦めた彼は、腕力に物を言わせて制圧する事に決めたのだった。
一歩下がって見ていたルセリは、深々と嘆息する。
「……アホらし。早めにお願いね」
「応よ!」
無数の槍衾に程好く貫かれながら、ツムギは笑顔で返事をするのだった。
この男、余裕である。




