第十七話:不審者
『ウロロロロ……』
「言葉を喋らない奴は死になさいッ!」
鈍重な動きで迫る木の怪物ーートレントを、ルセリは光剣によって根本から伐採する。
その隙に、彼女の背後で水色の粘体が飛び上がる。
スライムだ。
物理攻撃があまり効かず、溶解液でできた身体は、何物でも溶かして食べてしまう悪食の怪物である。
不意を打たれれば、名うての強者でも、時として命を落としてしまうほどの危険度を持っている。
ルセリは、振り返る事もせずに、光剣を逆手に持ち換えて、背後を貫いた。
蒸発。
宇宙戦艦の装甲板さえも融かし斬る超絶熱エネルギーを前に、ほぼ水分のみのスライムは一瞬にして跡形もなく消えてしまった。
へリツィア王国を脱した二人は、道なき道を通って進行している。
その為、この様な魔物の群生地に踏み込む事もある。
とはいえ、さほど危険なものではない。
ルセリほどの能力があれば、一方的な蹂躙となってしまう程度の魔物しか生息していないのだ。
ちなみに、彼女が襲われている間、ツムギが何をしているかというと、隅に寄って呑気に見物していた。
まるで無視するかのように、魔物たちは彼に一切見向きしないのだ。
残心を終えたルセリは、光剣を収納して後、目を吊り上げてツムギへと抗議を飛ばす。
「何で私ばっかり襲われてんのよ!? 不公平だわ!」
「魔物すら魅了するとは。
ああ、愛しの君はなんと罪深い存在なのか」
芝居がかった調子で戯けた事をのたまう彼に、ルセリは青筋つきの笑顔で、容赦なく光剣を起動し、剣身を射出した。
神速の早業である。
対するツムギは、回避でもってそれに対処する。
光速で迫る弾丸を、彼は華麗なるブリッジ回避で受け流した。
「まぁ、真面目な比喩表現はともかくとして、端的に言えば、俺には毒があるからなぁ。
野生の本能で察知してんだろうよ」
ツムギの体内では、毒系統の起源種にも匹敵する、訳分からんレベルの毒物が精製されている。
野生の本能が薄れている人間だとあまり感じられないが、その辺りのセンサーが発達した魔物たちにとっては、相手にするだけ労力と寿命の無駄と判断されてしまうのだ。
大抵の場合において。
無論、毒を無効化できるレベルの者ならば、躊躇なく襲い掛かってくるのだが、残念な事にそんな超生物は、人界とも呼ばれる緑の大陸にはほぼ存在しない。
「……ずるいわ」
「こればっかりはなんともなぁ。
俺の所為じゃないし」
主に、ラピスが実験と称して様々な毒物を注入しまくった結果である。
ツムギはそれに根性で耐え切って適応しただけの事だ。
それに文句を言われると、彼としても困らざるを得ない。
改めて光剣を収めたルセリは、嘆息一つで意識を切り替えて、斬り倒したトレントの遺骸を調べ始める。
「…………やっぱり単なる木材にしては頑丈ね。
ギフトとやらの影響かしら?
もどかしいわね。
やっぱりちゃんとした研究施設が欲しいわ」
手持ちのセンサー程度では、軽く強度を調べるくらいの事しかできない。
何がどうして、何故そうなっているのか、詳細を調べる為にはあまりにも設備が足りていない。
それを、彼女はとても不満に思う。
やはり工房の建設は急務だとも。
現状ではどうしようもないと諦めたルセリは、トレント材を投げ捨てながら、天を仰ぐ。
「……それにしても、何でこんな獣道を進まないといけないのかしら」
「仕方ないだろー。
俺たち、身元不明な不審者なんだからよー」
二人が道なき道を進んでいるのは、最短距離を行っているというのも理由の一つだが、何より身分を一切持たない不審者だからである。
この時代の人間ではないルセリは当然として、姓を持たない劣等民であり、身分証明書の類を一切持たない手ぶらのツムギも、一般的な国家ではごく普通に迫害対象である。
国境は勿論の事、ある程度以上の都市に合法的に入る事すら難しい。
賄賂を贈ってお目こぼしをして貰う、という手法もあるにはあるが、やはり手ぶらで金銭の類を持っていない為、それは不可能な選択肢なのだ。
そんな訳で、ヘリツィア王国以降に通過した二カ国は、当たり前のように密入国をして、人目を忍んで進んでいたのだ。
勿論、宿屋などに泊まれる筈もなく、曰く付き物件での一拍以降、ずっと野宿で過ごしている。
最初は新鮮味もあって楽しかったが、こう何度も続けば面白みも薄れる。
年頃の女の子として、人並みには身嗜みに気を付けたいルセリにとって、鬱憤は溜まる一方なのだ。
「まま、あと一個、国境を超えればうちの国に着くからさ。
それまでの辛抱だって」
「はぁ……。
お風呂、入りたーい。
お布団で寝たーい」
心からの嘆きを、ルセリは吐き出すのだった。




