第十五話:無気力
「良かったの?」
夫妻を引きずり出して戻ってきたツムギに、ルセリの問いが投げかけられた。
フルーツを可愛らしく齧っている姿に癒されながら、彼は訊き返す。
「何が?」
「協力しなくて良いのか、って事。
お友達の過去を清算する良い機会じゃない?」
「…………何で?」
ツムギは、顔を顰めながら大真面目に訊き返していた。
「何でって、友達なんでしょ?」
「ああ、そうさ。
お友達さ、認めるのは癪だけど。
そんで、それだけだ。
俺はあいつの親でも兄弟でもない。
そんでもって、あいつのしている事は、俺に何の損害も与えていない。
なら、俺が関わる理由はない」
「ふーん。分かるような分からないような……」
「お互いの事情に踏み込まない。
それが俺たちのルールだったのさ。
不幸自慢大会なんて不毛な事をするくらいだ。
全員が全員、何からしら抱えてたんだよ。
それを、一々解決していくなんて、メンドクセェにも程がある」
中には、解決しようにもどうしようもない事情の仲間もいた。
そして、全員に共通する事だが、過去の事情に関して、何らかの行動を取る気が全くないというのが問題である。
アリアの過去など、簡単だ。
顔を突き合わせて話し合えば、それで済む。
彼女には過去に対する蟠りなどないし、村人たちは真実を知って反省をしている。
ヘリツィア王国にした所で、代行とはいえ、神を敵に回す事の意味を嫌という程に学んでいるのだ。
今更、武力や権力で脅して言う事を聞かせよう、などとは思いもしない筈だ。
お互いに戦意がないのだから、話し合えばすぐに解決してしまう。
だが、いまだに事は終わっていない。
ヘリツィア王国は、死を忘れた国として、周辺から忌避されている。
何故か?
「なぁ、何でだと思う?」
ツムギが問えば、ルセリは悩み始めた。
「……逃げ続けてる?
でも、恨みとかないって話よね。
じゃあ、会いたいって言うのを断る理由も無し、か。
捕まらない?
まぁ、運命を司る系統なら、〝偶然出会わない〟ようにもできるけど……死神ってそんな権能、あったかしら?」
独り言の様な呟きに、ツムギは言葉を挟む。
「あるらしいぞー」
「……あるんだ」
「ああ。
なんでも、あらゆる生命体の天命を記した〝本〟があるらしい。
死神は、それを閲覧する権限があるんだと。
改竄は一応タブーらしいんだが、やって出来なくもないって言ってたな」
「〝物語〟の存在は知ってたけど、へぇ~、そんなシステムになってたのね。
これは新発見ね。面白いわ」
楽し気に頷くルセリを見ていれば、ツムギも嬉しく楽しくなる。
気を取り直して、彼女は思考を続ける。
様々な可能性を浮かべては潰し、最後に残った案は、
「……まさか、会いに行ってないの?」
有り得ないという様な顔でそれを言う。
だが、無情にもツムギは拍手でそれを称えた。
「だ~いせ~か~い。
御褒美に林檎もどきを進呈しよう」
ショリッ、と伸ばした爪で一息に皮を剥き、ウサギ型に整えた林檎っぽいけど林檎ではない偽林檎を差し出すツムギ。
多分大丈夫だとは思いつつも、しっかりと毒物センサーでスキャンしてから、ルセリはそれを受け取った。
「ありがと」
「くぅ~、油断しないその精神も素晴らしいな!」
「良いから、説明しなさいよ」
「あいさー」
適当に敬礼を返して、ツムギは詳細を語る。
「まっ、最初の頃はちゃんと探してたらしいんだがな。
居場所だって、教会に訊けば分かるんだから楽勝だって、誰もが思ってたんだ。
だけど、残念。
アリアのアホは、こことは別の大陸、人の手が届く世界の外側をほっつき歩いていたんだな、これが」
「……何しに?」
逃げた、訳ではないのだろう。多分。
その考えを、彼は肯定する。
「自分探しの旅だったそうだ。
ンなもん、外側を探したって見つかる訳もねぇってのに、アホだよな。
自分は常に自分の中にあり、なーんて、格言風に言ってみたり?」
カラカラと茶化して笑いながら、彼は続ける。
「外界に進出するだけのガッツが、今の人間どもにある筈もねぇ。
あそこは魔境どころの話じゃないからな。
自殺するようなもんだ。
しかも、今の自分たちは死ねない。
もしも屍になろうものなら、永遠に死ねるようになるまで死の苦痛を味わい続ける事になる。
そんな状態で、賭けに行ける筈もない」
「だから、放置したのね」
「いつか帰ってくると期待してな。
……作戦というか、考え方としては間違っていない。
実際に、あいつはこの緑の大陸に戻ってきた。
だが、問題はそれまでの時間だ。
外界旅行を始めてから、実に15年弱。
それだけの時間が空いてしまった」
先が読めたが、決めつけるのは良くないと思い、一応、ルセリはその先を訊ねる。
「で、何がどうなったわけ?」
「カカッ、簡潔に言えば、燃え尽きてたんだなー、その時点で。
富は無くなっていくばかり、苦痛は増し、恐怖が這い寄ってくる。
やがてメシも碌に食えなくなり、飢えに苦しむ日々。
そうしている内に、国の外に出る気力もなくなっちまったんだ」
「ガッツが足りていないわね」
「ひっでー評価だな! だが、的を射ている!
アリアは関わる気がないから立ち寄ったりしない。
この国の連中は、外に出ていく気力もない。
そんな訳で、いまだに生き地獄が続いている訳だ。
悲惨な事に」
「…………アホらし」
偽林檎を食べきったルセリは、吐き捨てるように纏めた。
「じゃあ、さっきの二人は何なのよ。
会わせてくれって、まさか連れてこいって言ってたわけ?」
「そのまさかなんだよなぁ、これが。
あいつらに、アリアの棲み処まで歩いていくほどのガッツなんざねぇんだよ。
だから、ここまで連れてきてくれって言ってんのさ」
「馬鹿馬鹿しいわ。
自分たちの事でしょうに。
尊厳と命がかかった大事な場面よ。
根性見せて歩いて行きなさいよ。
まさか、祈れば何かがどうなる訳でもあるまいに」
ルセリは心から後悔していた。
確かに、立ち寄るべきではなかった。
この国は、何処までも己の価値観とはあまりにも相容れない。
対策もなく神と敵対している事も。
祈れば神が助けてくれると信じている事も。
誰かが手を差し伸べてくれる事を期待している事も。
何もかもが、かつてのエネルギーに溢れた時代の価値観では、愚者の行いと切って捨てられる。
自らを助く者だけが、自らを救う。
天は、こちらを見てはくれない。
何があっても、助けてはくれない。
これが、過去において絶対とされた価値基準なのだから。