第十四話:悲劇気取り
それは、深い悲嘆を込めた叫びだった。
「……うぜぇ」
しかし、ツムギの心には一切届かない。
まるで揺らす事はなかった。
彼は徒労感を吐き出すように吐息して、夫婦へと訊ねる。
「あのよぉ。
お前ら、アリアのアホに会って、どうすんだよ。
マジでさ」
「謝罪を、したいのです。
私たちは、彼女の何も知らなかった。
知ろうともしなかった」
後悔を滲ませるようにセントが呟き、それをティセが引き継ぐ。
「私が……私が、悪いのです。
私は、彼女の言葉を切って捨てた。
何も言う資格がないのだと、ただの戯言だと、話す事すら許さなかったから」
村に戻ってきたアリアは、自分は操られていたのだと、そう訴えようとしていた。
もしも、その言葉を聞き、信じる事が出来たならば、関係の修復こそ難しいだろうが、それでも完全な破綻にまでは至らなかったかもしれない。
寄ってたかって悪意を向ける事はなかったかもしれない。
所詮は、どうしようもない仮初の話だ。
現実は、そうはならなかった。
村人たちは、セントたちも含めて、彼女の言葉を聞かなかった。
汚らわしい売女の戯言だと皆が無視してしまった。
それが、この結果を招いたのだと、気付いた時にはもう遅過ぎる。
悲壮な雰囲気を出す夫妻だが、ツムギの心は何処までも冷え切っていく。
「いや、謝ってどうすんだよ。
あいつ、別に恨んじゃいねぇぞ。
欠片も根に持ってねぇ。
謝られても困るだけだろ」
残念な事に、アリアは死神代行となった時点で、記憶を相続しただけの別人となっている。
過去の事を本格的にどうとも思っていない。
先の話にしたって、酒の席で開かれた〝不幸自慢大会〟で笑いながら語った物である。
今更、謝りに来られても、彼女にとっては迷惑以外の何者でもないだろう。
それが状況を改善する為に、渋々の物となれば、特に。
「ならば! どうしろというのですか!」
彼らも分かっているのだろう。
状況が変わったが故の、本意からの謝罪ではないのだという事を。
もしも、今の永遠の命を紡がれる状況でなかったとすれば、裏切りの真実を知ったとして、自分たちはアリアに対して謝罪しようという気持ちを持っただろうか。
その答えは、否だ。
後悔の念くらいは抱いただろう。
目の前にいれば謝罪と許しを与えただろう。
だが、積極的に探し出してまで行う事はなかっただろう。
それを自覚できている為に、セントは自棄になった様に叫ぶ。
「いつまでもいつまでも、永遠に終わらない時間を、ひたすら絶望して生きよと言うのですか!」
「……何で絶望してんだよ」
「もはや、我々にはアリアの慈悲に縋るしか、道が残されていないのです!」
「聞けよ、俺の言葉」
呟かれるツムギの言葉は、聞こえていないのか、完全に無視される。
どうしようもないな、とばかりに彼は天を仰いだ。
確かに悲観的になるのは分かる。
自分も、かつては何で自分ばかりが不幸になるのだ、と嘆いてばかりで、天から奇跡が降ってくる事ばかりを願っていた。
ある意味、奇跡は降ってきたが。
悪魔のもたらす代償付きの物ではあるけど。
絶望に囚われて、俯いて生きていた所で、幸せは歩いてやってきてなんてくれないと、彼は経験から学んでいた。
空元気であろうと、前を向いて生きていかねばならない。
そうでなければ、新しい幸福は掴めない。
この世には、救いの神などという酔狂な存在はいないのだから。
「別にさぁ……」
僅かな威圧を込めて、ツムギが言う。
それは、彼からすれば本当に些細な物だが、それでも戦闘経験も碌にない夫婦には、気絶にしそうになるほどの重圧だった。
「俺が仲介するまでもないだろうが。
お前ら、アリアが何処にいるかぐらい、知ってんだろ?」
「そうなの?」
「そうでござんすのよ」
静かに推移を見守っていたルセリが、首を傾げて訊ねてくる。
ツムギはそれに頷きながら説明する。
「死神代行の情報は、隠されちゃいねぇんだよ。
教会に問い合わせれば、ちゃんと答えてくれる。
だから、この状況が死神代行の仕業で、《勇者》の撒いた種が原因だって知られてんだろうが」
「ああ、そういえば、そうね。
聞く限りだと、もうそのアリアって人はこの国に関わる気が無かったんだろうし、自分から宣伝する事もなさそうね」
神は逃げも隠れもしない、という事なのだろう。
教会は、民からの問いにかなり誠実に答える性質がある。
特に、下界で活動する数少ない神霊である、死神代行に関しては、人間に権能が宿っているという事もあってか、ほぼあらゆる情報が無償で提供される。
ヘリツィア王国も、異変が起き始めた際に、何が原因で何が起きているのか、と問い合わせたのだ。
返答は、アリア・アマディールという死神代行が貴国に対してのみ職務放棄している、という物だったという。
名前さえ分かれば、辿る事は容易だった。
なにせ、その名はつい先日まで国の英雄である《勇者》の玩具として置かれていたのだから。
理由は分かった。
想像でしかないが、ほぼほぼ正解を導き出せた。
だから、彼らは次いで問うた。
アリアは何処にいるのか、と。
答えは、正確な物が返ってくるに決まっていた。
「会いに行きたきゃ行けよ。
誰も止めないだろうが」
「……それは」
「悲劇の登場人物気取って、メソメソしてるよか、ずっとマシだと思うがね」
踏ん切りが付かないのだろう。
どうにもはっきりしない態度を見せる彼らに、いい加減、ツムギの苛立ちはピークを迎えつつあった。
ただでさえ、嫌いな人間の相手をしているというのに、こうしている今も、ルセリとの貴重な一秒を無駄にしているのだ。
苛立たない筈がない。
「話は終いだ。
俺の答えは一言。
自分たちのケツは自分で拭きやがれ、だ。
アリアは別逃げも隠れもしねぇよ。
それで満足して、とっとと消えやがれ!」
そうして、彼は夫妻を家から追い出すのだった。
 




