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旅の終わり……  作者: 方丈陽田
第二章:
53/81

第十三話:小さな悲劇

「お前らに出す茶なんざ、一滴もねぇから。

 とっとと用事済ませて帰れ。

 俺はこれから愛しいお嫁さんと「ぶち殺すわよ?」美しき女性を口説き落とす事で忙しい」


 間に挟まれた言葉に訂正しながら、ツムギは言う。

 突き放された形になったくたびれた夫婦は、苦い顔つきとなる。


「……それは、やはりアリアの……」

「はぁぁ? 何を勘違いしてんですかねぇ!?」


 セントの呟きを遮って、人を小馬鹿にするような口調で彼は否定する。


「アリアとか、関係ねぇから。

 純粋に、俺が人間が嫌いなんだよ。

 ああ、ルセリは別だよ!

 俺の心を掴んで離さない、魅惑の我がヴィーナスよ!」

「それって、私が人間じゃないって言いたい訳?」

「ふっ、その美しさはもはや人間離れしているという事さ。

 兵器と言っても過言ではないな」

「褒められてるって事で受け取っておくわ。ありがと」


 夫婦漫才をし始めるツムギたちに呆気に取られていたが、気を取り直したセントは、おずおずと切り出す。


「その、あなたはアリアの、ご友人なの……でしょうか?」

「その通りですけど何かぁー!?

 文句でもありますかぁー!?」

「はいはい、喧嘩腰じゃ話が進まないでしょ。

 少し黙ってなさいよ」

「承知」

「……そのキメ顔が微妙にムカつくわね。

 まぁ良いわ。

 私はその人を知らないんだけど、だとしたらどうなのかしら?」


 言われた通りにお口にチャックで黙り込むツムギに代わり、ルセリが話を振る。


「で、本当に何をしに来たのかしら?」

「…………この通りです! お願いします!

 アリアに、彼女と話をさせて下さい!」


 途端、セントが勢いよく床に額が付くほどに頭を下げる。

 それに続いて、妻のティセも並んで頭を下げてきた。


「お願い、します。

 アリア様に、謝りたいのです」

「…………」


 ルセリは、その懇願に無言を返し、暫くして視線をツムギへと向ける。


「ねぇ、何があったの?」

「…………」

「喋って良いから」

「OK。

 じゃあ、話すも涙、聞くも涙なアリアのお話をして進ぜよう!」


 ついで、彼は頭を下げ続けている二人にも、声をかける。


「ああ、一応言っておくけど、俺の話って、百%アリア主観の話だかんな?

 訂正があれば言ってくれよ?」


 そうと前置きして、約二十年前に起きた、小さな小さな悲劇を語り始めた。


「アリア・アマディール。

 このド辺境の寒村で生まれた、特にどうという事のない女だ。

《資格者》なんて何の長所もないギフトを持っていたが、こんな田舎じゃそれを気にするような偏屈さはなかった。

 生まれ持った美しい容姿と優しい性格もあって、誰もから可愛がられて育ったらしい」

「…………」


 大まかなプロフィールに、言葉を挟む者はいない。

 地元人である夫婦にも、否定する部分はないのだろう。


「そんな彼女には、同い年の幼馴染がいたらしい。

 そう! 何を隠そう、こちらにいらっしゃるセント君です!

 少子高齢化の進む田舎の寒村。

 同じ年頃の子供は二人だけだったという事もあり、二人は兄妹の様に育ち、いつしかお互いを意識し合うようになっていきました。

 同じ檻に放り込めば、勝手に番になる様な物ですね。

 実に生物的だ」

「よくある話過ぎて、コメントし辛いわね」

「まぁなー。

 そんな二人は、順調に距離を縮めていき、遂には結婚の約束をするまでになったのです!」


 盛り上げる為だろうか。

 ステーキにした獣の毛を編んで作った即席弦楽器をかき鳴らすツムギ。


「……いつの間にそんなもの作ったのよ」

「勢いで、つい」


 形だけの素人の作であるが故に、音はあまり良くないが、盛り上がる一助にはなっているような気もする。

 気がするだけだが。


 当事者である夫婦としては、自分たちの話をそんな茶化した調子で語って欲しくはないのだが、間違っている事を言っている訳ではないので、どうにも邪魔をし辛い。


「だが、そんなささやかな幸せの日々に、突如、暗雲が立ち込めて参りました!

 その正体とは、例の奴!

 そう、《勇者》で御座います!」

「ああ、あの火刑にされてた奴ね。

 なに? 女を寝取りでもしたの?」

「大体そんな所だな。間違っていない」


 ツムギが肯定すると、ルセリは若干冷ややかな目をした。


「尻軽が悪い、と言いたい所だけど、婚約を反故にしたくなるくらいに良い男だったのかしら?

 まぁ、男女の恋なんて心変わりするものだし、あんまり一方だけを責めたくはないわね」


 ルセリの価値観上、自由恋愛できる時点で結構恵まれている。

 終末期人類には、それだけの余裕はなかった。

 繁殖は義務であり、精子と卵子を文明に対して提供しなければならなかった。


 より優秀な組み合わせで子供を作る為に。

 その果てにあるものが、ルセリの生み出されたデザイン・チルドレンプロジェクトな訳だが。


 番になる事自体は好き好きだが、勝手に子供を作る事は許されていなかった時代からすれば、好き勝手に出来る今は相当に恵まれているとも思える。


「まぁ、本当にただの心変わりなら仕方ないんだがなぁ。

 婚約を白紙に戻すとか、ちゃんと筋を通しておけば、拗れる事も無かっただろうし。

 そうだろ? 当事者」

「…………おそらく、そうだったと、思います」


 苦渋の表情でセントは同意する。


 思い出したくもない苦い記憶なのだろう。

 ずっと一緒に育ってきて、思い出もたくさんあった幼馴染兼婚約者を、ぽっと出の男に取られたのだ。

 彼の男としてのプライドはズタズタになった筈だ。


「《勇者》の趣味が悪くてな。

 アリアとの逢瀬をセント君に見せつけるような事をしまくってな。

 アリアはアリアで、セント君をこき下ろすような事を言って、《勇者》を愛すると叫んでいた訳だ」

「ほんとに趣味が悪いわね」

「で、だ。

 ここで一つ、問題提起なんだが、今まで清純清楚で育ってきた女が、ここまで一気に歪むと思うか?

 これ、《勇者》がやってきて一週間かそこらで起きたって話だぜ?」

「それはまた早いわね。

 悪い男に引っかかって、と思えば有り得ない話ではないと思うけど……でも、やっぱり急激過ぎる気もするわね」

「だろ? それ、正解。

《勇者》のギフトには、ある程度の催眠機能があるのでーす!」


 ツムギが楽しげに言うと、夫婦は血が滲むほどに拳を握り締めていた。

 よほどの恨みが募っているのだろう。


 一方、ルセリは鼻で笑っていた。


「はっ。趣味の悪い神の連中らしいわ。

 どうせ、石を投げられる《勇者》とかないわー、みたいな軽い調子で付けたんでしょうよ」

「多分な。

 ほら、ギフトって、人間の思想誘導の役割もあるって言ったろ?

 それと紐付されててな。

 ギフトを持ってる限り、よっぽど強度で上回ってないと逆らえないんだわ。

 アリアの奴も、見事に餌食になってなー。

 わははは、これを語っている時のあいつってば面白いくらいに渋い面してんのな!

 ウケる!」

「楽しい訳がないでしょう!」


 あまりに人の気持ちを考えないツムギの語りに、とうとう耐え切れずにセントが血を吐くような叫びをあげた。

 だが、それが彼の心に響く事はない。


「うぜぇ。

 いつまでも過去を悔やんでメソメソしてるなんて、時間と労力の無駄だろうが。

 もっと前向きに生きようぜ?

 笑い話にするくらいのガッツを見せてみろよ」

「気持ちは分かるけど、後ろ向きに生きてると幸せになれないわよ?」

「…………ッ」


 あまりにも価値観がズレている所為で、核心的部分で話が合わない。

 そこから生まれる苛立ちを、歯を食いしばって耐える。

 これも自らが受けるべき罰なのだと、自虐的に。


「そんで、寝取られて終わりならまだ良かったんだろうが、それで話は終わりじゃない。

 このセント君は、アリアに未練たらたらだったのだ!

 そして、遂に《勇者》が村から出ていくという時、彼女は付いていくと言うのだ!

 きっと一時の間違いなのだ、《勇者》がいなくなれば元通りになると信じていた彼の期待は裏切られてしまったから、さぁ大変!

《勇者》に付いていこうとするアリアに縋りつくが、帰って来たのは極寒の視線と散々な罵倒!

 ああ、もう彼女の心にはしょっぱい田舎村の男の事など残っていないのだ!

 そして、堂々と《勇者》は俺の女宣言をして、それでも手を伸ばそうとするセント君を聖剣で斬り倒してしまった!」

「……まぁ、クズな話だけど、よくある話ね」

「で、なんかもう飽きてきたから、一気に話を進めんだけど、ある日、《勇者》に飽きられたアリアは捨てられちゃうんだな。

 何年か後に。

 正気に戻された彼女は、救いを求めて故郷へと帰ってくる。

 だがしかし、手酷い裏切りをした彼女に返ってくるのは、求めた物とは正反対の冷たい罵声だけ。

 実の両親ですら、お前など生まなければ良かった、と言ってしまう程に憎まれていたのです」

「当然の事ね」

「《勇者》の恩情(笑)という命令によって、村から放逐される事はなかったけど、しかし受け入れて貰える事もなく、針の筵の日々。

 最後の救いを求めて、愛しい幼馴染に会いに行くが、そこにあったのは幸せそうな顔をして別の女と付き合う過去の男の姿だった!

 そう、そこのティセちゃんだ!

 彼女は流れの治癒士で、斬り倒されたセント君を献身的な手当てで救った、まさに救いの女神様!

 彼が新しい恋に落ちるのも当然ですね!

 今更、手酷い裏切りをした女など、お呼びではないのです!」

「まぁ、そうだわね」

「結果、やはり冷たい視線を向けられ、〝二度と関わらないでくれ〟という言葉を贈られてしまったのです。

 ああ、哀れなりや。

 それを聞いた時の俺を含めたチームメンバーは、揃って大爆笑してやった物さ」

「あんた、仲間も含めて最低な連中ね。

 大体、知ってた気がするけど」

「だって、あのアホ女がそんな繊細な感じだったなんて、いやもう、想像しただけでウケるんだけど。

 どんな化学変化が起きればあんな事になるやら。

 クククッ、ギャップ萌えってこういう事なんかな、って」

「……洗脳解けて、清純清楚に戻ったんじゃないの?」

「まさか。

 今のあいつ、部下をこき使っては日常的にストライキとか下克上起こされてるアホだぞ。

 それを拳で鎮圧するって辺りもアホ度マシマシ。

 ……まぁ、話を戻すんだが、そうして全ての希望を断たれて失意の底に沈んだアリアに、追い打ちをかけるような事態が起こる」

「今更、そこから何よ」

「ん。こいつらの結婚式。

 遂に愛し合う二人は結婚した訳だ。

 村中の人間に祝福されながら、幸せの絶頂にいるんだという顔でな。

 それを見せつけられ、自分が手に入れられる筈だった幸福を別の女がかっさらっていってる様を見せつけられた訳だ。

 恨みたい。憎みたい。

 でも、悪いのは自分だ。

 自分の所為で、それを手に入れられなかったんだ。

 そうした心境で完全に希望を失ったアリアは、とうとう首を吊った訳だな。

 来世こそ幸せになれますように、なんて願いながら。

 その記念品があれだ!」

「首吊りの証拠を、記念品って言っちゃうセンスよ」


 ビシッと天井からぶら下がっている縄の残骸を指差すツムギに、ルセリは呆れたように言う。


「だが! そんな時に奇跡が起きた!

 タイミングよく死神代行の前任者が死んでしまい、空白になった席にアリアの《資格者》が選ばれたのだ!

 当代の死神代行として覚醒し、生き返ってしまったアリアは、全ての未練を過去の物とし、この地を去ったのだった!

 二度と関わるな、という言葉を受け入れてな」

「ああ、それでこんな事になってるのね」


 語り終えたツムギは、一息ついて言う。


「全ては《勇者》が悪いんだな。

 あとは、誰も悪くない。

 アリアはただ弄ばれただけだし?

 セント君含めて村人たちの恨みも理解できるし?

 それで突き放したのも分かるし?

 それを受け入れて死を選んだり、この地を去ったアリアも理解できる」

「まぁ、そうね」


 ルセリが同意を示した所で、耐え切れずティセが叫んだ。


「だからって、ここまでの仕打ちをされるほどの……!」

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[良い点] 村目線で真面目に聞いてるとなんだかなぁ…って ほんとに誰も救われない話
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