第十二話:邪淫と裏切りの館
「……なんだかんだ、あなたって多芸よね」
「素直に美味しい、って言ってくれて構わんのだぜ?」
出来上がった晩餐を口にしながら、ルセリは悔し気な称賛を送る。
メインは、彼女の要望通り、そこらの野生動物をさくりと捕獲して作ったステーキ肉。
それに野草のサラダと特製スープと、材料を一切用意していなかったとは思えないほど、豪華な出来栄えとなっている。
デザートには、色とりどりのフルーツが用意されている辺り、気配りが過ぎる。
即席でこれだけの物が用意できる辺り、ツムギの家事スキル、及びサバイバルスキルは並大抵の練度ではない。
伊達に、ラピスの世話を焼いてきた訳ではないと分かる。
野生児然とした彼に、女子力で明らかに負けている現状に、ルセリとしては眉を寄せざるを得ない。
そんな可愛らしい仕草に、ツムギは笑みを浮かべる。
「料理ぐらい、練習すればルセリならすぐに出来るようになるさ」
「本当にー?」
疑わし気な視線に、しかし彼は自信満々に頷く。
「勿論だとも。
料理なんざ、単なる化学反応だしな。
上を目指し始めたら、職人技の見極めが必要にもなってくるが、ある程度くらいならレシピをレシピ通りに作れば、誰にでも同じ味が出せる」
科学もそうだろう? と彼は言う。
学問の道に身を置くルセリとしては、頷かざるを得ない話だ。
科学とはつまるところ、誰がやっても同じ結果になる事象、を解明していく事なのだから。
納得できたルセリは、素直に味を楽しみながら決意する。
「負けてるのも悔しいし、練習しておくわ」
「実験台なら幾らでも引き受けてやるぜ。
なぁに、毒だって美味しく食えるぜぇ?」
「いくら下手くそでも、毒物なんて食べさせないわよ。
どんな化学変化起こせば、そんな事になるってのよ」
「普通はそうだよなー」
そうして、二人は笑い合う。
朗らかな空気で晩餐を楽しんでいると、玄関扉をノックする音が聞こえた。
「……お客さん?」
「みたいだな」
「招かれざる客かしら?」
「誰も招いてないしな」
茶化して言うルセリを置いて、ツムギが代表して玄関口へと向かう。
小さく扉を開けると、そこには一組の男女がいた。
女性の方は、宵の口で村の中で会った女性だ。
男性は、やはり40前後ほどだろう。
元々の顔立ちなどが良かったと思われるが、あまりにもくたびれ果てており、過去の栄光はもはや面影だけのものだ。
白髪の量や刻まれた皴の深さからして、もう老人の域に入りつつある容姿をしている。
「どちら様かな?」
ツムギが訊ねると、男性が前に立って答える。
「夜分遅くに失礼いたします。
私は、セントと申します。
後ろのが、妻のティセです」
「ご丁寧にどーも。
俺様はミルコクロコッブ・ヒルコビッチ13世です。
では、さようなら」
流れるように偽名を名乗るツムギ。
彼の眼に、温かみはまるでなかった。
それは、彼らが戦友にとって忌むべき存在だから……では、全くない。
本来のツムギは、ほとんど誰に対してでも、この様な調子なのだ。
彼にとって、神は不倶戴天の怨敵である。
勝てないと分かり切っているので、嫌ってはいても具体的な行動に移す事はないが、勝算があるのならば容赦なく叩き潰す方向で動くくらいには、彼は神という連中が嫌いだ。
そして、その片鱗である恩恵を宿す者たちも、同様に嫌いである。
生涯の敵と定める神々の力を宿しているのだから、当然の事だ。
尤も、誰も彼もを例外なく嫌う訳ではなく、見所がある者と区別するくらいの分別はあるが。
ツムギの基準において、この男女は嫌いな方に分類される。
話していたくもないし、そもそも名前すら教えたくない。
だというのに、閉めようとした扉に手をかけて、セントと名乗った男性は待ったをかける。
「お待ちください! 何卒、話をさせて下さい!」
「俺には何の用事もないんで。
今すぐに放さないと潰すかんな」
セントの枯れ枝の如き腕など、何の障害にもならない。
強引に閉めようと思えば、彼の力ならば容易いどころではない。
よって、最低限の配慮として、これ以上邪魔をするのならば潰す、と宣言しておく。
それでも放さないのであれば、本当に潰すつもりだ。
それによって、彼の良心が痛む事は全くない。
「良いじゃない。
話くらい聞いてあげれば?」
興味本位で顔を出したルセリが、後ろからそう言う。
「……いや、とはいえ、なぁ」
「因縁のありそうな話じゃない。
わざわざ訪ねてくるんだから、よっぽどの事よ」
「……俺は大体予想付くし、どうでもいいんだが」
「私が興味があるって言ってるの」
「なら、仕方ないな」
ルセリがそう言うのならば仕方ない。
ツムギは、扉を大きく開け放ち、疲れ切った夫婦を招き入れる。
「ようこそ。邪淫の館へ」
嫌味たっぷりの、百パーセントの悪意を込めて。




