第十話:戦友の家
結局、二人がその日の内にヘリツィア王国を抜ける事は出来なかった。
何か問題があった訳ではない。
単純に、王都での観光もどきで時間を取ってしまった所為で、国を抜けるギリギリの所で日が暮れてしまったのだ。
「夜通し走っても良いんだけど、急ぎはしないだろ?
この辺りで休もうぜ?」
夜目の利く二人であるが、一応は昼行性の生物である。
特に理由も無いのであれば、徹夜で動く必要もない。
その確認の為、ツムギは振り返りつつ訊ねると、ルセリは渋々という様子で頷く。
「……まぁ、今更ガタガタ言わないわ。じっくりと行きましょ」
心情としては、母ラピスを張り倒す為に、一刻も早く準備に取り掛かりたい所である。
とはいえ、もう長期戦になる事は覚悟している。
今更、一日二日程度で文句を言う気はない。
なので、彼の提案に賛成を示した。
「じゃ、この近くに確か開拓村があった筈だ。
そこに泊まろうぜ」
言って、少しばかり足の向く先を修正するツムギに、ルセリは冷ややかな目でツッコミを入れる。
「開拓村って……。
こんな国の端っこの村だと、宿泊施設なんてないでしょうに」
というか、こんな状態の国の集団の中に入りたくなんてない。
それならば、無防備に野宿した方が、まだマシだ。
精神衛生上。
しかし、ツムギは楽観的な笑みを浮かべて言う。
「まぁまぁ、そこは当てがあるのよな」
「……本当に?」
「多分?
何分、この国はいっつも素通りしてたからなー。
あんまり覚えてないわ」
「じゃあ、当てが外れたら罰ゲームね」
「おっしゃ、かかってこい。
何をすれば良い。
ルセリを抱きしめれば良いのか?」
「お母さんを抱きしめてきて」
「俺に死ねと言うのか」
己の欲望を優先させた望みを言えば、笑顔で処刑宣告をされた。
賭けの結果や如何に。
~~~~~
少しばかり歩き、夜闇が濃くなってきた頃に、小さな寒村が見えてきた。
外から見ているだけだが、相も変わらず陰気な雰囲気が漂っているのが見て取れる。
「……辺境であっても、状況は変わらず、ね」
「まぁ、対象はヘリツィア王国だからな。
何処だろうと変わらんわ」
村人全員が家族みたいな土地故だろう。
王都の様にそこらに死体にしか見えない人間が転がっている、なんて事はないのだが、やはり人通りは見えず、無人のようにも思えるほどだ。
とはいえ、呻き声や泣き声はやはりあちこちから聞こえており、状況は何も変わっていない事が窺える。
そうして、誰と会う事もなくツムギが先導する形で村を横断していると、一軒の民家から出てくる人物がいた。
「……あら」
修道服を纏った女性である。
年の頃は40前後と思われるが、それにしては白髪の量が多く、また顔に刻まれた皴も深い。
一見すると、老婆にも見えるほどにやつれた女性だ。
彼女は、二人に気付くと、小さく会釈して、疲れ切った笑みを浮かべる。
「お客様とは、珍しいですね。
生憎と、この村には宿屋はありませんが……」
日が暮れている状態から、宿泊場所を探して来たのだろうと当たりを付けた彼女は、やんわりとした口調で二人に言う。
しかし、その助言にツムギは首を横に振った。
「いや、心配には及ばねぇよ。
誰も使ってねぇ空き家があるだろ?
そこに勝手に泊まるから」
「……空き家に見えるかもしれませんが、どの家も持ち主がおりますが」
あまりに悲惨な有様となってしまい、管理しやすいように移動させた結果、住人のいなくなった家屋は確かにある。
だが、それらはあくまで今はいない、というだけで、ちゃんとした持ち主がいるし、今も彼らは生かされている。
それを勝手に使わせる訳にはいかない。
特に、よそ者となれば、鬱憤のはけ口を求めて村人が襲い掛かりかねない。
面倒を嫌って女性はそう言うが、やはりツムギは笑っている。
「いやいや、ちゃんと持ち主の許可は取ってあるって。
近くを通ったら、勝手に使っても良いってよ」
「それは誰が……」
閉鎖的で孤立したような村だ。
外に知り合いがいる者など、ほぼいない。
己の様に移住してきた者を除けば、村の中が世界の全ての様な人間関係しか、ここには存在していないのだ。
だから、女性は首を傾げて、ツムギを怪しむ様に見ていたが、彼が次に挙げた名に驚愕してしまう。
「あ? アリアのボケナスに決まってんじゃん」
「アリ……!?」
一気に顔を蒼褪めさせる女性。
その名は彼女にとって、否、このヘリツィア王国にとって忘れられない名前であった。
思考が停止して硬直してしまった彼女を放って、ツムギは以前にチームを組んでいた仲間の持ち家へと向かっていった。




