第九話:終わっている国
やがて二人は、王城前の広場にまで到達した。
やはり驚くほどに人の気配が無いが、そんな中で目を引く存在が、王城の門前にあった。
処刑台だ。
黒く焦げている様子からして、おそらく火刑でも行ったのだろう。
掲げられた柱には黒焦げの人間の成れの果てが縛り付けられていた。
「うわー、悲惨ねー。
死ねないのに可哀想なこと」
ピクリとも動かず、もはや生命活動は完全に停止しているのだが、それでもあそこには本人の魂が今も残っている。
五感の一切を失い、身動ぎ一つできず、永劫の焦熱の苦しみを受け続けているのだ。
もう完全に地獄の有様である。
彼の魂が、一刻も早く狂ってしまえる事を祈るばかりだ。
もう狂っているかもしれないが。
「ちなみに、あれって何をした結果なの?」
「ほら、前に言ったろ?
当代の《勇者》が全て悪いって。
その責任を取らされて、《勇者》が火炙りにされたんだと」
「そんな事しても、問題は解決しないでしょうにねー」
「一応、悪い奴は成敗したぞ、と訴えたらしいぞ?
だから、助けてくれって。
死神代行の奴、聞いちゃいないけど」
「処刑され損じゃない。
《勇者》君も可哀想に」
少しだけ同情的な目を向けるルセリだが、ツムギはそこに水を差す。
「いやー、そりゃどうかな。
奴の所業を聞けば、ルセリは多分もっとやれって言うと思うけど」
「……そんなにヤバい事をしたわけ?」
「ヤバくはないさ。
何処にでもある、小さな悲劇。
言っちゃなんだけど、そう珍しくはない話よ。
運が悪かっただけでな」
「ふぅん……」
「興味、あるけ?」
「少しだけね」
「じゃあ、夜にでも話してやろう」
そんな事を話しつつ、城下町を進んでいると、彼らの前に現れる者がいた。
腰の曲がった老婆である。
「もし、そこのお方々。
少しよろしいですか?」
聞き取り辛い、掠れた声で二人を呼び止める。
「何かしら?」
特に拒否する理由も無かったので、足を止めて訊ねるルセリ。
「外のお方ですよね。
痛み止めの薬を、お持ちではありませんか?
よ、よろしければ譲っていただけると。
……お代は払えませんが」
生命の流転が停止しているのは、人間の魂に限った話ではない。
このヘリツィア王国においては、動植物に至るまで、全ての生物の命が止まっている。
その為、新しい命も生まれず、それがもたらす結果は大地の恵みである作物が育たず、獣たちも消えていくという有様だ。
そうなれば、富は流出していくばかりだ。
この老婆は、ケチだから代金を払えない、と言っている訳ではない。
単純に、全ての金銭や価値のある物品を全て売り払っており、もう何も手元に残っていないのだろう。
それでも、一時の救いを求めて、こうして痛み止めなどを求めているのだ。
「残念だが、俺は薬なんぞ持たん!
死ねる毒物ならあるぞ!
この状況でそんなもん飲んだら、永劫の苦しみを味わう羽目になるがな!」
堂々と宣言するツムギ。
慈悲はない。
本当に持っていないのだから仕方がないのだ。
一方でルセリは、腰のポーチの中から二つの薬瓶を取り出す。
「右の青いのがほとんど気休めで、左の赤いのは何も分からなくなる薬よ。
どっちが欲しいかしら?」
差し出してみせる。
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。どっちか一つだけなら」
「おお……」
ルセリが笑顔で頷くと、老婆は感激の声を漏らしながら、赤い方の薬瓶を取った。
「ありがとうございます……ありがとうございます」
何度も頭を下げながら、この場からそそくさと消えていく。
その背を見送り、完全に見えなくなったところで、ルセリは吐息した。
「迷わずヤバい方を取ったわね。
この国、もう完全に終わってるわよ」
苦しみから逃れたいが為に、気を狂わせる薬品を迷わず選び取っていた。
それ程に、彼らはもう追い詰められているのだ。
たとえ、今この瞬間に輪廻の流転が再開されたとしても、この国は再建する事はないだろう。
国を支える民自体が、もう生きる事に疲れ切っている。
今は、呪われた土地であるが為に周辺から無視されているが、恩寵が回復した時点で周辺各国が飲み込んでしまうに違いない。
そして、国民は良くて奴隷で、順当に考えれば皆殺しにしてしまうだろう。
生きる気力の無い人間など、養うだけの価値が無いのだから。
「まっ、そういう終わり方もあるわな。
悲しい歴史の一ページがまた一枚、ってな具合よ」
「あー、やだやだ。ほんとにやだ。
通るんじゃなかったわ、こんな国。
辛気臭くてこっちまで運気が逃げそうよ。
さっさと抜けちゃいましょ」
「りょーかい」
少しばかり観光のつもりで足を緩めていたが、ルセリがそう言うのならばツムギに否はない。
足に力を入れた彼らは人通りのない城下町を、高速で駆け抜け始めた。




