第八話:死ねない都市
お久しぶりです。
やる気が蘇ったので続きです。
※前回までのあらすじ
ツムギが拠点としている国家まで最短距離を進むと決めたが、その道中には死神に見捨てられた国、ヘリツィア王国を通らねばならないのだ。
ヘリツィア王国。
世界で二番目に古い歴史を持ち、その記録に恥じず、古き時代の情景を今も残している風光明媚な街並みが有名である。
また、国力では中堅レベルだが、代々の《勇者》を輩出してきた事もあり、周辺国からは侮り難しと思われている国家だ。
今では、見る影もないが。
「…………メソメソと、辛気臭い都市ね」
「しゃーないわなー」
山を下りて、道なき道を突っ切る事で、直接、王都へと踏み入った二人だが、そこに広がっていた有様にルセリは眉を顰めていた。
まず目に付くのは、道を出歩く人々が、兎に角少ない。
一国の首都、昼間の時間帯で、その上で目抜き通りを歩いているというのに、ガランとしていて人影がほとんどないのだ。
異様な光景である。
そして、数少ない人影が、これまた覇気がない。
どんよりとした雰囲気を纏っており、目が完全に死んでいる。
足取りも覚束ず、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
更には、周囲のあちこちから苦痛の呻き声や、未来を悲観する嗚咽が、木霊するように聞こえてくるのだ。
辛気臭いなんてものではない。
はっきり言って、気分が悪い以外の何物でもない。
路地をちらりと見れば、そこには一人の女性がいた。
連れ込まれて乱暴でもされたのだろう。
衣服を引き千切られ、肌の多くを晒している。
加えて、おそらく犯人が中々の鬼畜だったのだろう。
顔がグチャグチャに崩されており、両手両足の全てが斬り落とされ、そして腹を裂かれて中身がぶち撒かれている。
「ヒー……ヒー……ヒヒッ、ヒッ」
それでも、彼女は生きている。
死んでいておかしくないというか、死んでいなければ生物とは言えないような傷を負いながらも、彼女はまだ死んでいない。
一体、いつから死んでいないのか。
少なくとも、昨日今日の事ではないのだろう。
なにせ、女性の周囲に散らばる彼女の部品や血痕が、完全に乾いてしまっているのだから。
ルセリには見当も付かないが、もはや正気を残していないのだろう。
空気の抜けるような異様な呼吸の狭間に、気味が悪くなるような笑い声を漏らしていた。
「あーあー、やだやだ。
歴史の教科書に書かれてる事、まんまな状態じゃない。
ひっどいわねぇ」
「銀河帝国でも起きたんか。
まぁ、死神ぶっ殺したんだものな」
「そうなのよ。
準備が出来ていない内に死神を殺しちゃったから、文明圏の全域で同じ事が起きていたらしいわ。
急ピッチで冥府機関を開発して、なんとか十年弱くらいで完成させたんだけど……その間はあちこちで地獄絵図が広がっていたらしいわ」
勢い余ってしまった結果だ。
そのおかげで、随分と多くの損害が出てしまい、人神大戦の勝敗の天秤が大きく傾いた切っ掛けだったとも言われている。
〝神を殺すのは良い事だが、何事も計画的に〟、というのが教訓として歴史の教科書には記されていた。
「ちなみに、これ、何年製?」
「あん? あー、どれくらいだったっけか。
確か、俺が生まれるちょっと前って話だから、二十年ちょいくらいじゃね?」
「倍、か。
銀河帝国でも未知の領域だわ。
サンプルとして観測しておくべきね」
「知識欲の権化って怖いわー」
この状況を見て、助けようでも見捨てようでもなく、観察しようになる辺り、ルセリも大概にマッドの気質を持っていると思う。
若干、引いた様子のツムギに、彼女は頬を膨らませながら抗議する。
「違いますー。
冷徹だとか、マッドだとかじゃありませんー。
だって、どうしようもないじゃない。
冥府機関なんて、ポンと作れる物じゃないし。
大体、私の専門外だわ。
概要くらいなら知ってるけど、本気で作ろうと思えば、一から勉強する必要があるわよ」
「つまり、助けるの無理だし、じゃあ教訓として教科書の一ページに載って貰おう、と?」
「それが建設的思考ってものよ。
出来ない物は出来ないんだし、せっかくのサンプルなんだもの。
記録しないと、勿体ないじゃない」
「……分かった。理解した。
ルセリがズレてるんじゃなくて、終末期の人類がズレてんだな」
あらゆるリソースが不足していた、敗戦が確定した悲惨な時代だ。
人の生死一つとっても、少しでも有意義に活用しようという意識が蔓延っていたのだろう。
どうせ助からないのならば、未来への糧にしてしまおうと、そうやって生きていたのだろう。
「俺、決めた。
絶対、勝ち馬に乗って生きていくわ」
「それは良いわね。
敗北なんて、人生には必要がない代物だわ」
過去の活気がまるで存在しない町の中に、二人の場違いな陽気な笑い声が何処までも響くのだった。




