第七話:何が悪いかと言えば、運が悪い
「それで、そのヘリツィア王国さんは、何の神様を怒らせたのかしら?」
基本的に、世界は数多の神々による分業で成り立っている。
創造神セレスティアルを頂点とした構造をしており、彼女を怒らせたのでもなければ、おそらくごく一部の恩寵がなくなっただけで済む。
一個でも神の恩寵がなくなれば、生物の生存環境は絶望的なまでに破壊されるものだが、それはともかくとして。
ルセリの問いに、隠す気も勿体ぶる気もないツムギはさらりと答える。
「ああ、死神」
告げられた名称に、ああ、と遠い目をするルセリ。
「成程ね。大体、この先にある状況が見えたわ」
「知ってるん?」
「当たり前よ。
私たちは、全能神セレスティアルを除いた全ての神霊を敵に回したのよ?
死神だって戦った事があるし……」
なによりも致命的な事に、
「奴なら私たちがぶっ殺してやったわ。
そう、代替わりしたのね」
殺してしまっているので、恩寵もクソもない。
死神の権能は、魂魄の輪廻転生である。
死んだ魂を洗浄し、輪廻に帰し、新たな命として転生させる事が、彼の役割だった。
それがなくなれば、生物は死ぬ事が出来なくなる。
永遠の命。
それは、人の夢ではあるが、前提として健康的な身体で、という条件がある。
何が悲しくて、いっそ殺せというほどの苦しみを永遠に受け続けなければならないのか。
生物は死ぬ事で苦痛から救われているのである。
銀河帝国では、死神の仕事を冥府機関という装置で代替して、命を終わらせていた。
現在の技術レベルでは再現できないだろうし、魔法的手法で似たことができるのかと言えば、ツムギが悲惨な事と言っている以上、できないのだろう。
「今の死神って、どんな奴なのかしら?
私たちがぶっ殺したのは、辛気臭い如何にもって感じな奴だったけど」
神が死ねば、その内、別の神がその領域を肩代わりする。
あるいは、セレスティアルの手で、新しい神霊が創られる。
そうして、代替わりするものだが、新任者が前任者と似た性質を持っているとは限らない。
「あー、今の奴ははっちゃけた女だけど、ちょいと死神は特殊なんだよな」
「特殊? 何が?」
「いや、死神の権能は、何故か人間にギフトとして宿るんだ」
「…………マジで?」
「おう、マジで」
思わず、ルセリは天を仰いだ。
あの傲慢な神々が、一部とはいえ、自分達の領域を人に任せるとは。
まるで想像できない事だった。
「《資格者》っつーギフトがあってな。
それだけだと、ほぼ何の恩恵もないんだが、タイミングよく前任者の死神が死んだら、そのギフトに宿るんだよ。
ギフト名も《死神代行》になってな」
「また不思議な事ね」
「全くだ。
マザー大先生も理由までは知らないらしいし、当人なら何か分かるかと思って今代の死神に直接訊いてみたこともあるんだが、何も分からんって話でな」
「面白そうだし、片手間に調べてみようかしら?」
「それも良いな」
カラカラと笑い、話を戻す。
「まっ、ヘリツィア王国も運がなかった。
まさか、どうでもいい村娘がいきなり死神になるなんて思いもしなかっただろうよ」
「あら、迫害でもしてたの?
それとも、こうお代官様プレイの強要とか?」
「両方だな。
順番としては、プレイからの迫害ルート。
そんでもって、最後は二度と関わるな、と放逐だな」
ツムギは過去に何があったのか、それを思い出しながら語る。
「誰が悪いのかと言えば、強いて言えば当時の《勇者》のギフト持ちが悪いんだがな。
あとの連中は誰も悪くない。
対処の仕方も理解も納得もできるし、よくある悲劇で終わるはずだったんだよ。
本当に。
ただ運が悪かった。
まさか、二度と関わるな、って放逐した娘に死神の権能が宿っちゃうなんて、誰も思わないだろ?」
「復讐って事?」
自分を傷つけ、自分を捨てた故郷への憎悪なのかと、ルセリは訊ねる。
しかし、ツムギはそれに首を横に振る。
「いや、復讐ではないらしい。
死神になると、ある種の転生をするみたいでな。
記憶とかはそのままなんだが、過去が気にならなくなっちまうのだと。
だから、やっているのはただの契約履行だと」
「契約?」
「ほら、言ったろ?
゛二度と関わるな゛と言って放逐したって。
あのバカ女は、その言葉を律儀に守ってんだよ。
その結果、どうなるかなんて事も知ってるだろうに。
クカカッ、ヘリツィア王国の人間も後悔してるだろうよ。
あの時、追放なんて温情を見せず、しっかりと殺しておけばよかったってな」
「……どこまでも救いのない話ね。
やっぱり神ってのに関わるとろくな事にならないわ」
「まっ、それには同意してやるよ」
そして、二人は、悲劇の土地へと踏み込む。
命を忘れた国、ヘリツィア王国へと。




