第六話:銀河帝国とかいう怪物国家
「ヘリツィア王国って、とんな国なのかしら?」
跳躍を繰り返し、高速で山を駆け降りながら、ルセリは前を行くツムギへと問いかけた。
興味がある訳ではない。
ただ、道中に無言でいるのもどうかと思い、何気ない気分で振ってみた世間話程度だ。
「そうさなー」
少し考えてから、ツムギは語り出す。
「歴史はやたらと古い国だ。
確か……建国してから二千年くらいじゃなかったかね?
世界でも二番目に古い歴史を持ってる」
「それは大したものね。
銀河帝国ほどじゃないけど」
「いや、お前らの国と一緒にすんなよ。
こちとら、大地の上で剣と魔法でどんぱちするような原始人ですよ?
資源がなければ適当な星でも切り崩そう。
土地がなければ適当な星を開発しよう。
なーんて冗談みたいな事を、大真面目にやってる国とは違うっての」
恒星間航法が一般的になり、宇宙の海を気軽に行き来できた旧文明時代。
星々のみならず、銀河すらも股にかけて広がる版図を持っていた銀河帝国にとって、資源や居住可能惑星は探せば普通に見つかるものでしかなかった。
場合によっては、一個の惑星を個人で所有する事もあり、少しばかり高価な不動産、という程度の価値しかない。
戦争が、基本的に土地や資源の奪い合いでしかない以上、そんな国家において本気の全面戦争など縁遠いものなのである。
尤も、思想の違いによる戦争とは完全な無縁ではいられなかった訳だが。
その最たるものが、神々と激突した大戦争であるが。
ともあれ、そうした理由で銀河帝国は数万年という歴史を誇っており、彼らからすれば二千年など赤子も同然である。
「だから、感心してるんじゃない。
そんな野蛮な土地で、よくも二千年も国を守りましたね、って」
「うむ。上から目線の称賛だな。
そんなルセリも素敵だ。
……で、話を戻すんだが、それだけ国家を存続できたのには、当然、理由がある訳だ」
「やたらと貧しかったとか?」
縄張りの奪い合いが戦争である。
ならば、その縄張りに価値が無ければ、必然的に周辺から攻め込まれる可能性は低くなる。
肥沃な土地がなく、鉱山なども所有していない貧しい土地ならば、わじわざ戦争してまで誰も奪いたいとは思わないだろう。
だが、その可能性にツムギは首を横に振る。
「いや、そうじゃない。
肥沃、とは言い難いが、それなりに豊かではあった」
「じゃあ、国力が凄まじかったとか?」
わざわざ、強い相手と喧嘩したいという人間は少ないだろう。
唯一無二の何かが得られるのならばともかく、他に代用の利く何かしかないのならば、より弱い相手から奪うに決まっている。
だから、戦備が充実しており、またそれを維持していられるほどの国力があったのか、という予測を立てるが、それにも否定の言葉が返ってきた。
「えぇー? じゃあ、宗教的象徴かしら?
どこぞの神様が神殿でも構えてるとか?」
戦争を仕掛けられない理由として、宗教的象徴もある。
世界中に信者がいれば、そこを攻撃するだけでその集団は世界の敵となる。
あらゆる商会などにそっぽを向かれ、今日を生きる糧を得ることすら難しくなってしまうのだ。
それ故に、余程の馬鹿をしない限りは、安全を得られる場合もある。
「おっ、当たらずとも遠からずだな。
ヘリツィア王国は、実はとある血筋を受け継ぐ国でな。
それを維持するために、周辺から囲われてたんだよ」
「血筋って、また偉く原始的な……。
流出とかしなかったのかしら?」
「流出はするさ。
家出したり、誘拐されたり。
種だけ持ち去られたりな。
でも、駄目だったんだ。
その血の価値が、何故かヘリツィア王国の本家でしか開花しない。
よその土地では何故か芽吹かない。
どういう理由なんだか、誰も分からないが、そういう理由なら仕方ないって、国ごと存続させる方向に行ったらしい」
「それはまた、不思議な話ね。
開花させるのに、何かしらの技術があった?
それこそが、本当に隠しておきたい秘技だったりするのかしら?」
「さてな。
知らんし、あんまり興味の無い話だから調べる気にもならん」
「ふーん。それで、その血筋の価値って何なのかしら?」
ようやく核心を訊ねれば、ツムギは端的に答えた。
「《勇者》のギフトさ」
「《勇者》……。
《勇者》って、あの勇者?」
「どれか知らんが、多分、その勇者。
ときたま生まれる魔王を討伐する為のギフトでな。
戦闘系ギフトの中では、最上位クラスだ」
「魔王って。
そんなものまでいるわけ?」
「いやいや、つい昨日見たじゃん。
起源種の事を、一括して魔王って呼んでんだよ」
「ああ、あれ」
昨夜、毒を撒き散らせていた多頭の竜である。
確かに、一生物としては高いエネルギーを持っていた。
戦っていないので実際の戦闘能力がどれ程かは分からないが、怪物呼ばわりも納得できる。
とはいえ、あくまでも生物としては、である。
ルセリの常識からすれば、そう危険なものではない。
ちょっと特殊な害獣くらいである。
実際、彼女の時代ならば、宇宙戦闘艦の艦載兵器と言わず、歩兵の携行武器レベルで狩り殺せる程度の存在だ。
「えっ?
あの程度を殺せる力が、特別扱いなの?」
「それが、今の人間の限界って訳だな。
安全な箱庭の中にいる限り、それ以上は望めない」
「……情けない、とは言わないでおきましょうか、うん。
敗者は牙を抜かれるのが普通だし」
神々に敗北し、それでも存続を許された。
それで満足すべきなのだ。
ルセリは自分を納得せるように呟く。
「話がまたずれたな。
んで、そんなギフトが非常に発現しやすい血筋ってのが、ヘリツィアにはあって、ヘリツィアでしか開花しないってんで、周りから無視されて生き残ってきた訳だな」
「またなんとも……」
「まっ、そんな歴史も幕を閉じる事が既に約束されてるけどな!」
馬鹿話をするように、ツムギは明るく言い放つ。
「確か、神になんかされたんだっけ?」
「いやー、されたっていうより、何もされなくなったっていうか」
微妙に歯切れの悪い言葉を汲み取り、ルセリは理解する。
「ああ、見捨てられたの。
馬鹿ね。
代替もできないくせに」
「だから、お前らと今の人間を一緒にしてやるなよ」
神々と喧嘩して、神々の恩寵を受けられ無くなった銀河帝国。
普通の人間国家ならば、神々のありがたみを身に刻まれ、自らの愚かさを反省し、恭順の意を示すものである。
しかし、彼らは、銀河帝国は違う。
彼らは仕方ないなと肩を竦めて、神々の恩寵を自分たちで再現するという、神々さえも驚かせたビックリ化け物集団である。
後にも先にも、「お前らなんざそもそもいらねぇんだよ、バーカ」と神々に対して国家全体で中指を突き立てた連中は、彼らだけであろう。




