第五話:ルート設定
キャンプの後始末を終えた二人は、これからの予定を決めるために言葉を交わす。
「さて、ひとまずうちのギルドに行くとして、問題というか、決めねばならない事がある」
「というか、先に神殿とやらに行かなくて良いの?
挨拶に行くって言ってたじゃない」
ルセリの指摘に、ツムギは遠い目をして青い空を見つめた。
「……俺、あそこ、嫌いなんだよ。
行きたくねぇ。
どうせ統括官殿も寝てるだろうし、しばらく放置してようぜ?
後に回せる事は後に回さねぇと」
「そういう考え方、私はあんまり好きじゃないわね」
ルセリが少し不満げに言うが、さほどの事ではないのか、それ以上の苦言はなかった。
ツムギが補足するように語った内容に同意した事も、理由の一つだろうが。
「それに、あそこに行くのはメンドくせぇ」
「というと?」
「信仰用の神殿は普通に地上にあるんだが、征罰衆の拠点としての神殿は空の上にあるんだよ。
世界中をぐるぐる回ってる」
「……空中要塞なのね。
それは確かに、攻めにくいわ」
かつての戦争でも、移動要塞の類いは猛威を振るっていた。
攻撃に防衛に、兵站線に、八面六臂の大活躍である。
その有効性を知るがゆえに、ルセリは眉を僅かに寄せながら゛面倒゛という言葉に頷いた。
「まぁ、喧嘩しに行く訳じゃないけども、探して乗り込むのは手間がかかる。
よって、良い感じに頭上に来る日を待つのが吉。
一年も待てば一回くらいは上に来るだろ」
どうせ、相手は不老長寿の神や天使なのだ。
一年程度の時間など、彼らの時間感覚では誤差にしかならない。
「まっ、そんな訳で、そっちの事は忘れて先にできる事からやりましょ」
「良いわ。その意見を採用してあげる」
ルセリ自身も、心情的には神の関係者にあまり会いたくはない。
よって、問題が無いというのならば、後回しにしても良いと考えた。
「それで、何か問題でもあるの?」
話を当初の場所に戻して訊ねるルセリに、ツムギは頷いて答える。
「うむ。うちの国まで行く訳だが、ここからそれなりに離れてる」
「お散歩は好きだけど?」
ほとんどの装備を壊されたが、それでも遊泳用簡易強化外皮は残っている。
昨日までと同程度の移動速度は確保できるだろう。
故に、簡単に受け入れるのだが、そうではない、と彼は首を横に振る。
「いや、距離の問題ではなく、ルートの問題でな。
ここから向かうには、おおよそ三つのルートがある」
「聞きましょう」
「一つは、比較的安全なルート。但し遠回りだ。
昨日までと同じくらいだと、大体一ヶ月くらいはかかる。
一つは、それなりに近道だが、ちと危険な魔物の巣を通る。
今のルセリだとちょいと不安かね?
最後に、最短距離で安全も保障するんだが……嫌な思いをするルートだ。
どれがいい?」
「最後がよく分からないわ。
嫌な思いって、具体的にどんな気分なの?」
「……あー、神の気まぐれ?
なんか、そういう感じな爪痕がすっごく残ってる場所を通るんだわ。
害はないんだが……まぁ、神って輩の理不尽さを理解できる」
「でも、近いんでしょう?
じゃあ、それにしましょう」
ルセリは全く悩まなかった。
即答で言う彼女に視線を合わせれば、肩を竦めて続ける。
「忘れた訳じゃないでしょ? 私たちは神々と全面戦争をしていたのよ?
神の理不尽なんて、見飽きるほどに見てきたわよ。
嫌な思い出が、今更一個や二個増えた所で、どうって事はないわ」
「それもそうか。んじゃ、決まり」
立ち上がると、ツムギは南南東の方向を指差して宣言する。
「では、我が美しき故郷、ユグ・ナ・メイズ王国目指して、まずは死を忘れた国、ヘリツィア王国へ、しゅぱーつ!」
「おぉー!」
死神と縁を切られた国、ヘリツィア王国。
ひとまず、二人はそこへ向かう事になった。




