第四話:お誘い
「拠点が必要だわ」
朝食の席が終わった後、後片付けをしながらルセリはぽつりと溢す。
「おう?」
「拠点よ、拠点。
基地とか工房でも良いわ。
腰を落ち着けてじっくりと研究開発のできる場所が欲しいわ」
心からの願いを彼女は訴える。
「あのお母さんをコテンパンに張り倒すのよ?
そこら辺で適当にちょちょいと装備を造るのとは、訳が違うわ」
本当にアホみたいな規模が必要になるだろう。
簡単に携行できるような小道具だけで倒せる事は、間違いなくない。
となれば、大規模な生産施設、工場でも工房でも拠点でも基地でも、呼び方は何でも良いが、そういうものが必要になってくる。
ルセリはツムギへと視線を向ける。
期待の篭った笑みと共に。
「という訳で、何処かに目ぼしい土地とか余ってないかしら?」
期待に応えねば、男が廃るというもの。
暫し、思案するツムギ。
「ふむ。
余っている土地ならば、外界に行けば掃いて捨てるほどにあるが……とはいえ、外界は環境も酷いし強獣もやたらと多い。
拠点を造るには不向きだな」
やって出来ない事はないだろう。
実際、ラピスの主要な拠点は、全て緑の大陸の外側、外界にある。
前例があるのだから、造れないなんて事はないだろう。
とはいえ、面倒極まりない。
省ける手間があるのならば、省略するに限るのだ。
ある程度考えた所で、結局は最も簡単な選択肢へと辿り着く。
「じゃあさ、うちのギルドに来るか?」
「ギルドって、冒険者の?」
「おうよ。
うちのギルドが本拠を置いてる国は、俺たちが制圧してるからよ。
よほどの無茶でない限り、国土を自由にしても怒られないぜ」
「……あんたら、何やってんのよ」
あんまりな事情の白状に、じっとりとした視線をくれるルセリ。
そういう目をされる事は分かり切っていたので、ツムギはからからと笑って言う。
「いやさ、亡国の王子様に国土を取り戻す手伝いをしてくれって依頼されてよ。
ロマンあるじゃん?
だから、面白半分で依頼受けるじゃん?
きっちりかっちり取り戻しちゃったりするじゃん?
いやー、感謝されまくりで色々と便宜図ってくれるんだわ」
「ノリと勢いで生きてるって事は理解したわ。
まぁ、そういう事なら乗ってみようかしら。
邪魔とか、入らないんでしょう?」
「んー、それは造るもの次第かねー」
彼女の確認に、ツムギは悩みつつ曖昧な回答を返す。
「王様は許してくれるんじゃないの?」
「そっちはな。
国民を皆殺しにする、とかでもない限りは許可してくれるよ。
ロマンのある奴だし。
俺が気にしてんのは、もっと上」
上、と空を指差すツムギに、ルセリも彼が何を言いたいのか、理解を示す。
「……ああ、神の連中ね」
「そーゆー事。
勝手な事してっと、あいつら、すーぐにキレるから。
まっ、その辺りも含めて、今度、神殿に挨拶に行こうぜ?
面倒だけど、すっごい行きたくないけど、根回しってのは大切なんだよ」
嫌そうな顔を隠しもせずに言うツムギに、ルセリも同意する。
「そうね。根回しって大事よね」
しみじみと、とても実感するような言葉。
少し気になったツムギは、彼女に質問を投げた。
「……なんかあったん?」
「ええ、ええ。大いにあったわ。
頭の固い上の連中は、新しい技術の導入ってのにとことん腰が重くてね。
事前に話を通してないと、全っ然、協力的じゃないし。
むしろ邪魔しに来る奴もいてね。
あー、思い出しただけでムカつくわ!
全員、地獄に落ちればいいのに!
もう落ちてるでしょうけど!」
彼からの質問が呼び水になったのか、ルセリは湧き上がってきた記憶に頭を掻きむしって恨み言を吐き出す。
ツムギもまた、守りに入った老人たちの及び腰な態度を思い出して、深く頷いた。
「人間の性ってのは、いつの時代も変わらんもんだよなぁ。
そういう意味では、マザー大先生の頭の柔らかさは希少なんだろうなぁ」
革新的過ぎてこちらが付いていけない領域である。
3000年も経過している脳味噌なのに、あの若さを未だに保っているのは、正直、尊敬に値すると性能だと思う。
「まっ、何処に何を造るにせよ。
今のこの世界は神様って奴らの箱庭なんだし、きちんと話は通しておかんとな。
統括官殿を味方に付けられれば、大抵のヤンチャは許して貰えるし」
「……たまーに出てくる統括官って奴、本当に何者なのよ。
天使の権限、越えてんでしょ、絶対に」
大変に気になるルセリである。
自分のオリジナルと出会い、土下座を決める事になるなど、この時の彼女は想像だにしていなかった。
※こまい設定:冒険者ギルド編
この世界での冒険者ギルドは、全世界で統一された物ではなく、無数に乱立しているものです。
一都市に拠点を置いて、その周辺でのみ活動し、在籍する冒険者も数人程度の零細ギルドもあれば、一方で国を跨ぎ、支部もたくさんあって、在籍数もウン千人とかいうマンモスギルドもあります。
一つの業種に、一つしか会社がないなんて事はねぇだろ、みたいな気分でお願いします。




